ほんもんぶつりゅうしゅう

仏教用語・信行用語

くおんほんぶつ
久遠本仏
法華経本門の教えを説かれるにあたり、まず如来寿量品第16において、仏様は聴衆に対しこう言いました。
 「人々はこの私を王子の境遇を捨てて19歳で出家し、30歳で悟りを開いたブッダ(覚者)であると思っているであろうが、実は私の本体は遠い過去においてすでに成仏を果たし、永遠のいのちを具えた久遠本仏なのである」さらに続けて、「私はこの娑婆世界だけでなく、あらゆる時、あらゆる場所において、常に衆生を化導している。しかしその姿はこの久遠本仏ではなく、種々の仏に姿を変現して教導するのである」とも仰いました。

 つまり、久遠本仏は遠い過去から現在、未来へと変わらず我々を見守り下さり、我々に法をお説きくださっている、また場所もこの娑婆世界だけではなく、他土においても同じように人々を教導されているということが、この如来寿量品第16において明かされたのです。

 この久遠本仏が、我々の住む娑婆世界にお姿を変えてご出現されたのが、歴史上インドにお出ましになった釈迦牟尼仏なのです。しかし久遠本仏ご自身のお話によると、過去にも未来にも、またこの娑婆世界のみならずあらゆる国土に仏様が在(ま)しますことがうかがえます。これを「三世十方の諸仏」といいます。こんにち、われわれが耳にする"仏様"のお名前は、釈迦牟尼仏・阿弥陀仏・大日如来・薬師如来とたくさんあります。世間の人は、名は違ってもみな同じご身分の仏様と思っていますが、本当はご身分も違えば、またお役目も違うのです。阿弥陀仏は西方安養(あんにょう)浄土の教主、薬師如来は東方浄瑠璃の教主などといわれるのがそうです。仏様のもとの真実のお姿は久遠本仏のみであり、釈迦牟尼仏は、この久遠本仏がこの裟婆世界の一切衆生を教え救うために人間としてお出ましになり、仏道修行の手本をお示しになったお姿だったのです。

 久遠本仏という尊いお姿を現された仏さま……そのお姿で説かれる本門の教え、その中でも「本門八品」と呼ばれる従地涌出品第15から嘱累品第22の中に、お釈迦様ご入滅後、末法という時代を生きる我々にとってとても大事な教えが説かれます。それでは次に、その本門八品の教えについて見ていきましょう。