ほんもんぶつりゅうしゅう
2018年12月31日
両親の信心前に学ぶ お初を取らせていただく大事を感得 第7支庁広宣寺 小藤田久義

帯広にある私の実家は画廊を経営しておりますが、亡き父が生前、帯廣寺の回向堂建立の為、寺院をあげて取り組んでいた頃の事です。

当事、実家の商売は浮き沈みが激しく、大変な時期があったようでしたが、両親は毎日、最初の売上をお初として全額ご有志させていただくことに決めていたそうです。ところが誓願の期間が終わる頃には、景気の悪化に伴って店の経営も行き詰まり、年末の支払ができなければ店自体の存続も危うい状況になりました。

何とかご有志だけはさせていただきたいとご祈願を続けておりましたところ、地元の大きな農協の理事さんが突然来店し「近日中に創立記念行事があります。1,000人分の記念品を用意したいのだが、版画を人数分刷ることはできないだろうか」という話が持ち込まれました。

めったに扱ったことのない大規模な商談でしたので、すぐに対応することができず皆で途方に暮れておりますと、そこへかつて懇意にしていた版画家の奥様より連絡があり、特別に頼んだ訳でもないのに「夫が生前に残した作品を刷り直して改めて世に出したい」とのことで、さっそく農協の事務所へ行きその話をすると、すぐに契約が成立し、お計らいでご有志を続けることができ、ご奉公を成就させていただくことができました。

その後、同業者が次々と倒産していく中で、実家の店は営業を続けていくことができるというご利益をいただきました。母は「お寺にご有志させていただくことは、天の蔵に貯金するのと同じことだということが、身に染みてわかった」と話しておりました。

 私はこの話を聞いて、財のご奉公、とりわけお初を取ることの大切さを学ばせていただきました。生活が苦しい時にこそ、ご有志させていただくということは、口で言うのは簡単でも、実行するのは容易ではないと思いますが、少しでも両親の信心前を見習い「大変な時でも喜んでさせていただく」という気持ちを忘れず、信心改良、信心増進に努め、ご奉公に励ませていただきます。