ほんもんぶつりゅうしゅう
2023年07月02日
「日本人物故者慰霊祭」と本門佛立宗との関わりについて①
本門佛立宗が台湾日本人物故者慰霊祭を初めてお勤めさせていただいてから、本年(令和五年)50年以上が経過いたします。
 当宗がこの慰霊祭を執行させていただくこととなった経緯を、当宗に残る文献より紐解いてみますと、当宗の最高指導者(管長)であられる佛立第16世講有大僧正・小山日幹上人が、台湾における数件の調査を命じられたことに始まります。
 その調査内容とは、
 ①日本人の墓、遺骨が現在どのようになっているのか
 ②宗門として慰霊法要を執行することが可能かうか
 ③現在の台湾において弘通(布教)が可能かどうか
 ④終戦時、5ヵ都市にあった親会場(道場)が現在どうなっているのかというものでした。当稿は、このうち①、②について当時を振りかえりつつ書き進めたいと思います。
 昭和45年、先の大戦の終戦から25年が経過し、宗門として初めて調査のため台湾を訪問いたしました。調査はまず在中華民国日本国大使館を訪ね、板垣大使に面会するところから始まりました。
 戦前、台湾には5都市に、本門佛立宗の親会場(ご信者が集まる道場・寺院の前身)があり、約2000戸の信者があったこと。日本人の墓、遺骨がどうなったのか、調査に来たこと。できれば遅まきながら宗門として慰霊法要を執行したいことなどをお伝えしたところ、大使はたいへん喜び、その時には全面的に協力をしていただくという確約まで頂戴いたしました。なお、遺骨についての詳細は、植田総領事に聞いてもらいたい、とのことで、在台北日本国総領事館を訪問、植田総領事との面会となりました。
 植田総領事は2回目の台湾赴任中で、1度目の任期中にひとかたならぬ努力苦労をして台湾全土の日本人の遺骨蒐集に尽力された方で、当宗の申し出を大変喜んでくださいました。
 植田総領事によると、当時の日本大使館が行った遺骨蒐集の記録「昭和36年3月編 台湾物故者名簿」が、外務省へも提出されているとのことでしたが、おそらく今はもう探しても見つからないとのことでした。植田総領事は、この貴重な記録を惜しげも無くコピーさせてくださり、当宗へお渡しくださいました。
 この記録の「はしがき」には、遺骨蒐集の経緯が書かれているので、ここで抜粋し掲載させていただきます。【※60年以上前の記録ですので、今ほとんどの方が慰霊祭の濫觴を知らないまま、現在の慰霊法要に携わっておられると思いますので、今回の寄稿を好機としてあらためて掲載させていただくものです】