2018年12月事業山録 手袋の日

 今年も十二月に入り、何やかやと心忙しく送らなければならなくなりました。それと冷え込んでもきました。日毎に冷えて、寒くなり、あっという間に寒修行となります。冬がいいか、夏がいいかは人それぞれですが、修行と呼ばれているからには、努力を求められる事には異なりはないでしょう。
 年を送ると、すぐに 「寒修行」が始まります。修行と言う以上は甘えてはいられません。一月と二月は覚悟を決める月でもあるのです。
 「手袋の日」
 所で先日ある本を読んでいましたら、面白い事が書いてありました。それは十一月二十三日は「勤労感謝の日」ですが、この日がなんと「手袋の日」と決められているそうです。私は少しも知りませんでした。皆さんも「勤労感謝の日」は御存じですが「手袋の日」とはご存じない方が大半ではなかったのではないでしょうか。どんな理由で、どこがこれを決めたのでしょう。昭和五十六年に決められたそうですが、私はその様な事は近頃初めて知りました。今もってその決められたいきさつは知りません。しかしこうして書いていますと、昔の事を思い出します。私は子供の頃手袋を親から与えられた記憶はなく、手に霜焼けを作った記憶だけがあります。口から息を吹きかけていましたが、ポケットのなかに手を突っ込んでいますと、「転ぶと手つけない」と叱られた事を覚えてはいます。どれくらい日時を経てからか覚えがありませんが、自分で毛糸の物を買いましたが、革の手袋をしている人見ると、大変羨ましく思ったものでした。私もやがて車に乗る様になってから革製の物を買いました。最も革製にも色々ある事は知っていましたが、単に革製品でした。今は少し薄目の物を使用していますが、私には複雑な思いがあります。革の柔らかい手袋をした時は満足に思えました。今は特別な感興はありませんが、指先だけを出した軍手を右手にして新聞配達をした頃、大雪の日の事は忘れられない「手袋の思い出」です。高校一年生の頃でしたでしょうか。そうでした妹も手伝ってくれていました。
 「有難うは暖かい言葉」
 今、私は朝の都合で新聞を「手渡しで貰う時」には、大きな声で「ありがとう、ご苦労「さん」と配達の人に「声をかける事が習性」になっています。あの日の私達には温かな言葉でしたから…いまひとつ、地元産業の瓦窯で焼けた芋を頂いた時、軍手の先に覗く指先に痛く広がったぬくもりを今も忘れられません。その温もりは暫くは手袋の中を暖めていてくれました。遠い日の思い出です。

信厚寺管理者 [事行山録] 2018-12-23 11:47:00

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