2019年08月01日

佛立ミュージアムで開催された「母 TSUNAGU 未来展」 白井貴子さんへのインタビュー

去る6月18日から7月7日までの20日間、「母 TSUNAGU 未来」展(祖母、母、白井貴子 三世代が奏でる愛のメッセージ)が、京都佛立ミュージアムで開催され、会場には「TSUNAGU(つなぐ)」をテーマに、白井貴子さんの祖母、叔母、母親の「針箱」や、それぞれの「手仕事」の数々(着物、幼少期の服、ステージ衣装等)、また、白井さんに関する貴重な写真の数々が多数展示された。
 当紙では、開催中の7月4日、会場で白井さんにお話を伺うことができたのでここに紹介させていただこう。

はじめに、今回の展示開催の経緯だが、東日本大震災後、白井貴子さんと交流のあった京都佛立ミュージアム館長・長松清潤師が今年の1月、神奈川県藤沢市で行われた白井さんの還暦の誕生日に開催されたバースデーライブに出席。その時に開催されていた『白井貴子ありがとうママ』展を見て感動。
 《手作りのパネル、展示品の数々。そして3つの「針箱」。そこには、白井さんの祖母、母、叔母への感謝と自身の反省、私たちへのメッセージが綴られていた》との長松館長の談。
 是非とも「京都佛立ミュージアム」でも開催して欲しいと依頼したところ、大変快く承諾していただいたそうで、白井さんご本人をはじめ、多くの方々の力添えによって実現した展示会である。


 展示されていた「3つの針箱」について?

 幼い頃の服や、デビューから「ロックの女王」と呼ばれるまでのステージ衣装を母が縫ってくれました。今、母はリウマチで手仕事はやりたくてもやれない身体ですが、その母のもの。そして祖母のもの。また昨年、ALSという大変な難病で他界した私の姉のような存在だった叔母のもの。
 お婆ちゃん、母、叔母の3つの「針箱」。そして、それぞれの手仕事の着物や服などが、私の手元に集まりました。
 『この針箱たちを何も縫えない私に、どうしろというの? 捨てることは簡単だけど…』。
 昔から家族全員を守るために女性たちは針仕事をしてきた。その技術、歴史、愛情、コッコッと家族のために縫い合わせてきた時間。考えたらこれら全てを、私たちのこの世代で捨ててしまっているのかも知れない。
 『これはちょっと大事だぞ!』と思いまして、何も縫えない私ですけど、手仕事や針仕事の大切なことを伝えて行くには、こういう形(展示)もあるのかなと思ったのです。

 展示会のタイトルにTSUNAGU(つなぐ)とありますが?
 
 昨年亡くなった叔母は70歳でした。私は今年60だからあと10年しかない。もしかして私もあと10年で死んでしまうかも知れない。だったら、ちゃんと思い残すことなく後生に絶対に良いことを「つなぎたい」と思って、令和元年という機会ですし、何でも思ったことをやろうと、今まで以上に心を決めて動いたことの1つ(今回の展示会)でした。こういう機会を与えていただいて本当に有難いと思っています。
 靴下に穴が開いて捨てることは簡単だけど、そこを繕うことが大切なんだ。みんな「つなぐ」ということをしないで、次の機会に行き過ぎているのではないかと思うんです。ですから実際に「つなぐ」という行動がとても大切なんだと思うんです。
 だから今回タイトルに「TSUNAGU(つなぐ)」と付けさせていただいたんです。今回も展示するだけじゃなくて、実際に皆さんに針仕事をやってもうというコーナがありますが、これが主旨の「つなぐ」という意味なんです。
 今までの文化をどうやって次の時代に繋いでいくのか、何をして何を大切に伝えていくのか、これからは生まれて来て跡を継いでくれる子どもたちも少ないし、本当に大切なものしか残していけない。その時に選択を間違うと、怖いことになるので、そういうことを考えたとき、しっかり伝えて行かなければと思うんです。


 ご実家の宗旨は?

 それがビックリなんですけど、曾おじいさんが住職だったんです。それが代々続く立派なお寺とかじゃなくて、今も親戚がやっているんですけど曹洞宗です。神奈川県秦野市にある高岳寺というお寺です。
 だから、長松館長さんと親しくさせていただいたり、こうして皆さんとお話ができたりと、何かお坊さんと縁があるなと思うんです(笑)。
 

 私どもも「つなぐ」ということで宗教活動をさせていただいておりますが、何かを「つなぐ」ためには、自分自身も努力をしなければなりませんよね?

 先程もお話させていただきましたが、「こうしたらいいのにな」と思うことや心に出たことは、本当に実践していくということ。
 私の例なんですけど、何十年も前に南伊豆の方に家を持とうと思って出向いてみると、たまたま気に入った森があり、家を買うつもりが森を買ってしまったんです。そこが東日本大震災以降、津波が起きたときの避難地の森になったんです。
 災害時に素早く避難ができるように階段や道の整備をしなければならなかったんですが、ずっとできなかったんです。でも今年、令和元年となり「やろう!」と思ったんです。
 次世代につないでいくということ、本当に実践しないと、私も待った無しのときが来ていると思ったものですから。そういった活動を今年から始めようと思ったんです。
 やはり、思いを持って実践するということが一番大事なことで、それが『つないでいく』ということの原動力になると思います。


 今回、白井さんの取材を通じて、私どもは世間の人々に救いの手を差し伸べて御題目を伝えること。そして、もちろん家族・同心に対してもご信心を相続していくこと。これが私どもの「つなぐ」ということなんだと実感することができました。ありがとうございます。



白井貴子(しらいたかこ)プロフィール ミュージシャン&アーティスト
1959年神川県生まれ。中学・高校時代を京都で過ごす。1981年「Chance」のヒットを機に「ロックの女王」と呼ばれ、女性ポップロックの先駆者的存在となる。1996年NHK総合テレビ『ひるどき日本列島』に3年間レギュラー出演。2014年フォーククルセダーズの作詞家で精神科医のきたやまおさむ氏より「きたやま作品を歌い継ぐ歌手」に抜擢され、共作の新曲を含むアルバム『涙河』を発売。「PEACE MAN CAMP 土から平和を育てる」活動も開始。この度の「母TSUNAGU未来」展は今年、還暦を迎えた白井さんの初のミュージアム個展となる。神奈川県環境大使・環境省3R推進マイスター。