『開導をゆく〜日扇聖人の足跡をたずねて〜』—佛立開導日扇聖人ご生誕200年慶讃—

#07 京都東山・西行庵

開導をゆく~日扇聖人の足跡をたずねて~京都東山・西行庵

佛立開導日扇聖人(長松清風)は、32歳で師匠・無著日耀上人の下で出家得度します。その後、尼崎本興寺の檀林に入りますが、そこで待っていたのは他の僧侶の怨嫉でした。檀林で学んでいた学僧たちは学識があり、多くの人をお教化してきた日扇聖人を慢心の輩と断じて追放してしまうのです。
 
やむなく山を下りた日扇聖人は、師匠日耀上人に仕え淡路隆泉寺で修行の日々を送っていましたが、求道の志は止むことのなく師匠の勧めにより千葉の細草の檀林に学ぶこととなります。
 
一旦、京都に戻った日扇聖人は、盟友であった村上勘兵衛、村田麦郎から「檀林で位を得て何になる。僧侶の本分である衆生救済を果たすべきではないか。」と説得されます。この説得に応じ聖人は、半僧半俗の姿で京都東山・西行庵に住まうこととなります。嘉永5(1852)年、聖人36歳の時のことでした。
 
この庵で、御題目口唱など修行に勤しむうち、人づてに相談者が訪れるようになります。聖人の教導により苦難・病難などから救われる人が現れ、絶えず人々が訪れるようになっていきます。
 
こうして西行庵での2年間を過ごした後、日扇聖人はいよいよ本門佛立講を開講することとなります。