ほんもんぶつりゅうしゅう

2021-01-08 13:34

1月8日の「毎日ぶっきょう」

動物の赤ちゃんは、生まれた瞬間から母の乳を求めて、自ら動き始めるもので、パンダの赤ちゃんなんて、生まれた時は100〜200グラムしかありませんが、それでも一生懸命鳴きながら、お母さんのお乳を求めて歩み寄っていきます。それに比べると、人間の赤ちゃんは泣いてアピールすることはできても、自分から近づくことはできず、お母さんに抱っこされないと、どうしようもできません。お乳を吸って飲むことはできても、その他は何もできない、それが人間の赤ちゃんです。

 

現代人の仏教的素質は、そんな人間の赤ちゃん程度しかありません。難しいことは理解できないし、覚えられないし、まして人に伝えることもできません。厳しい修行には耐えられないし、続ける根気もないし、まして日常になんてできません。赤ちゃんみたいに助けを求めて泣くことはできても、自分から助けを得ることはできません。そんな私達に、仏様という《親》は「南無妙法蓮華経」というお乳を授けてくださいました。あとは赤ちゃんが無心にお乳を飲むように、私達は「南無妙法蓮華経」と唱えるのみです。

 

赤ちゃんがお乳やミルクを飲んでいる様子は、本当に幸せそうで、安らぎで満たされています。そのうちスヤスヤと寝てしまうことも珍しくなく、心から安心している証拠であると言えます。私達が仏様(御本尊)の前に座って「南無妙法蓮華経」と唱える時も全く同じ状況です。普段は何かと頭を働かせて、色んな情報を仕入れ、時には人の顔色やご機嫌を伺いながら、何かと心と体を擦り減らしながら、仕事に、家事に、勉強にと取り組んでいるものです。そんな私達が無心になれるのが、仏様の前で「南無妙法蓮華経」と唱える瞬間だと言えます。

 

時として、上手にお乳やミルクが飲めず、赤ちゃんがグズる時があります。そんな時、親は何かと心配して「どうすれば飲んでくれるのかな?」と考え、工夫します。それと同じように、なかなかお寺に足が向かない、仏様に手を合わすことができない人もあります。そんな時は、仏様は「どうすればいいかな?」と常に考え、私達のことを案じてくださっています。もちろん、お寺の住職も、ご信者も、ご家族も同様に考え、何かと工夫を施そうとしています。ぜひ、難しく考えないで、仏様に抱っこされる思いで、仏様の前に座って手を合わせてください♪

 

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