2025年07月01日
開導会に併せて住職継承式を執行 第5世鈴木日樹師より第6世淳安師へ
ありがとうございます。
去る5月11日、第9支庁・四国布教区・高知佛立寺において、大本寺清風寺第5世・西村日要師ご唱導のもと、本門佛立宗開発教導日扇聖人御正當会に併せて住職継承式が執り行われた。
法要では開導会奉修言上、唱題の後、佛立寺第5世・鈴木日樹師の退任言上、続いて新住職第6世・鈴木淳安師の就任宣誓、御法門前には稲毛稔憲事務局長による謝辞、穴山副局長による奉戴言上、奉修御導師より訓示を賜った。
また、ご供養席を日樹師ご退任祝賀会とし、清風寺・西村清良御住職より訓示、当山信徒・平尾美知子姉によるオンステージ、よさこいチームを招きよさこい踊りの余興、各組より日樹師への祝意、四国布教区・小野山淳鷲布教区長よりご挨拶をいただき、楽しく充実した時間を過ごした。
佛立寺の濫觴は大正8年まで遡る。清風寺信徒野々口利吉氏が遠縁で高知在住の高村博恵姉をお教化し、南国土佐の地に初めて上行所伝の御題目さまが下種された。
現証弘通により瞬く間に教線は拡大、大正12年には西大歓海南組を創組。この折、当山開基、後の佛立第7世講有日淳上人の御命により、蔭山日是上人(當山第2世)が月々に来高、いよいよ信徒一同、異体同心でご奉公に励む。
昭和3年には本門佛立協会高知親会場の認可を得て、昭和6年には新本堂を建立、日淳上人ご親修のもと開筵式を挙行。
昭和13年からは当山第3世日深上人が着任、常住され本格的にご弘通ご奉公に精進される。
昭和17年には、清風寺門末では第1号の寺号公称となる「佛立寺」を允可。隣接地を購入し境内地の拡大、信徒数も増加する矢先、昭和20年7月4日未明の高知大空襲により、本堂・庫裏が灰燼に帰し、ご信者も悉(ことごと)く罹災、日深上人は御本尊・御尊像をお伴し疎開。
昭和21年に仮本堂が完成するも昭和南海地震にて被災。度重なる逆境にも屈することなく不死鳥の如く立ち上がり、昭和26年には弘通区内教化第一となり、講有賞旗を受かるまでにいたる。
昭和32年に本堂が落慶、昭和34年に佛立寺2回目となる開筵式を挙行。
昭和48年、森口日深上人ご遷化に伴い、当山第4世・小池日厳上人が住職を継承、身命を賭してご奉公に当たられる。
昭和53年に納骨堂が完成。昭和57年高祖700回御遠諱の砌、新本堂建立を発願。
平成10年、日厳上人宿痾のため、当山第5世・鈴木日樹師が住職を継承、平成12年に現法城の完成、平成16年、新本堂開筵式を挙行し現在に至る。
佛立寺教講一同、改めてご弘通の思いを高める1日となった。(文責・鈴木淳安)