2025年07月01日
布教区弘通促進大会を開催 藤本日涌師より「終戦80年」の講演
第5支庁・乗泉寺(住職・澤田日義師)では、去る5月6日10時半より、本堂において乗泉寺布教区主催・弘通促進大会が開催され、第9支庁長・呉妙泉寺住職・藤本日涌師唱導のもと、お看経。その後、乗泉寺布教区長秋山廣和師より挨拶ならびに講師の紹介に続き、藤本日涌師より『終戦80年 乗泉寺での思い出
佛立信心』と題して、講演をいただいた。
 藤本日涌師は「終戦80年になりますが、広島に原爆が投下されたときの記憶は、幼かったためほとんどありません。しかし、被爆の影響だと思われますが、子供の時から肌が弱いです。
蚊に刺されると化膿して、頭などはおできができてしまい、当分、それが元に戻らないで痛い思いをしました。今でも足などをぶつけると内出血をしてしまいます。そのような状態ですが、今日まで何とかご奉公させていただきました。本当にありがたいことです。
5年前、姉が被爆の日の様子を『8月6日は広島に原爆が落とされて、75年たちますが、昨日のようにハッキリと覚えています。1番上の兄がお昼前、自転車を引きずるようにして帰ってきました。
7月1日の大空襲で何もかも失った私たちは、広島から車で15分くらいの、坂本の叔父を頼って長屋の1軒を借りて住んでいました。1番上の兄は広島駅前で被爆をして、自転車に乗ることができないので、押して帰ってきました。顔半分焼けただれ、血が出て、カッターシャツなのか手の皮なのかわからない状態でした。今まで被爆の体験を語ることはありませんでしたが、私も高齢になりましたので、書き残すことにしました』と、書いてくれました。
 私は昭和36年、乗泉寺で得度させていただき、昭和40年11月、この本堂の開筵式のご奉公をさせていただき、昭和42年月より責任講師としてご奉公させていただきました。
 宗門ではお祖師さまの750回御遠諱のご奉公が展開されています。700回御遠諱のときは、私もまだ若かったですから思う存分ご奉公をさせていただけました。今日では50年前のようにはいきませんが、精一杯ご奉公させていただこうと思っています。皆さんも精一杯、お参詣・お助行・お教化にお気張りください」と講演された。
 最後に事務局長・的場亨氏より御礼の挨拶が述べられ、弘通促進大会は無事に終了した。