2025年09月01日
海外弘通だより~フィリピン編 小学校での活動や口唱会を実施 そしてマティリン師はネパールに修行に




フィリピン出張
フィリピン教区(HBSフィリピン)は6年前、常在教務の突然の帰国とそれに伴うマニラ別院の郊外への移動、コロナ禍などにより、ご奉公体制が崩壊。現在は遠妙寺住職・木村良尚教区長を中心に担当の田原彰行師、補助の福本清容師のもとご奉公が進められています。
昨年2月には現・講有猊下の徒弟として現地信徒レオナルド・マティリンJr氏が得度、僧名を「彰勇」といただいて現地でのご奉公に励んでおられます。この度、福本師の現地渡航ご奉公(6月14日〜25日)に19日から同行させていただきました。
定例の口唱会やお助行へのお参詣が主だったのですが、パナイ島アルタバスでは2013年、大型台風ヨランダの被災支援活動以来、フィリピン教区が続けておられる小学校における回向法要奉修と教育支援活動に参加させていただきました。
アルタバス・カブガオはマティリン師が生まれ育った場所です。市街地から離れた自然あふれる地域で海と山林に囲まれていて、ひと言で表せば「山奥」です。誰かが住民に「ここに日本人が来たりしますか?」と尋ねた時に、「あなたたち以
外に来るわけないでしょ」と返ってまいりました。
カブガオ小学校には、「題目碑」が建立されており、台風ヨランダや自然災害で亡くなった方のご回向と、遠妙寺が取り組む教育支援「パナイ子ども基金」の寄付金をお渡ししてまいりました。
毎回、御題目のお唱えの仕方を練習してから法要を始められるそうですが、子どもたちもちょっと慣れているようで、上手に御題目をお唱えする純粋な笑顔がかわいらしかったです。将来、その種が実ることを願います。
この晩、同じ島のロハスに移動し、福本師、マティリン師と合流。翌日はリーダーのグウェンドリン・レイエス宅で口唱会を勤めさせていただきました。御宝前を立派に荘厳されお供物やお花もしっかり飾られて、椅子もいい具合に並べられていました。
ギリギリでマイクが壊れていることが分かり、家庭用カラオケシステムに買ってきたマイクを繋いで完成。強めのエコーに不思議な気持ちにさせられながら、また、マイクとの距離感に悩みながら言上させていただきました。
カブラカンから数名がお参詣されていました。こちらのみなさんはいつも時間を守られます。月に1回、日曜日が休みになるかならないか、というくらい過酷な生活を強いられている方々ですが、その貴重な「休みになった日曜日」に口唱会へのお参詣を優先されていたのには大変随喜させていただきました。たとえ時間がかかろうともしっかり功徳を積み重ねて、生活が改善するお計らいをいただいてほしいです。
そんな、日本と比べたら足りない物ばかりの環境で、一生懸命にご信心を掴もうとされるお姿を拝見するとき、恵まれている自分たち日本人はさらにコツコツと励まねば、御法への誠をもっともっと貫かねばと思わされるのです。
この度は、マティリン師がインド教区長・長松日桜師のお許しをいただきHBSネパールに修行に行くとのことで、田原師に同行してフィリピンを発ちました(フィリピンは自国民に対する出国審査が非常に厳しく、スポンサーとなる所属機関の人間が同行することで審査通過の確率が上がります)。
フィリピン教区は海外各教区の中で、貧困度や発展途上の度合いが上位に入ると思います。また、キリスト教国であることも相俟って、寺院の護持や僧侶の外護の習慣が根付きにくいようです。国の主たる宗教こそ異なるものの、共通の課題を抱えたネパールでの修行を通して、マティリン彰勇師がフィリピン弘通に活躍されることを期待します。
ネパール出張
釈尊ご生誕の地、ネパール。2015年に発生したネパール地震における、妙深寺を中心とした支援活動からインド教区HBSネパールのご弘通が始まりました。支援活動の中で信徒・小原旭さんが亡くなるという大変悲しく、大きな困難に直面されましたが、妙深寺のみなさまも、現地の人々もそのことを強く心に抱いて徐々に弘通活動が始められます。
当初は、山岳地域特有の自然環境、住民の特性や慣習、宗教観に由来する種々の問題、ギャングがはびこる村…、そんな中で拠点も、まともな食事も移動手段も整っていないという非常に厳しいご奉公となったのですが、近隣を訪ねては顔見知りになり、その中から一人、また一人と御題目を弘め現在は400名の信徒がいらっしゃいます。
数々の困難に「佛立魂」で向き合い、御題目口唱と現証ご利益によって乗り越え、弘め、平和題目塔(妙深寺ネパール別院)の建立、現地人教務の誕生、と着実にご奉公が進められました。近年はカトマンズ市内に妙深寺ネパール・カトマンズ親会場を建立、昨年は開堂式が挙行されました。また、本年5月には佛立教育専門学校を卒業したカドゥカ清地師が帰国し、現地語での言上や御法門も可能となりいよいよ弘通体制も磐石となりました。
カトマンズ親会場から車で30分、くねった山道を進み、ちょうど山の一番上辺りで雲の壁が現れました。時間帯や天気によって変わりますが、空も下界も何も見えない灰色の雲の壁。雲の向こうの、そのまた向こうにはヒマラヤ山脈が構えています。ここからさらに15分、道を下ったところに平和題目塔が建立されています。(次回につづく)