2026年05月01日
【体験談】このよろこびをあなたとともに(第5支庁 弘通促進大会で発表) 子ども食堂が縁で幼なじみを教化 ご信心の「当たり前」を自分の当たり前に
東京中央布教区 常住寺 高野純明(よしあき)・土田 優(ゆう)


《高野さん》
ありがとうございます。王子・常住寺の青年会でご奉公させていただいています、高野純明と土田優です。本日は土田君がご信心に出会ってから入信するまでの経緯と、ご奉公の様子をご披露させていただきます。
土田君と私は小学校の同級生で、6年間同じクラスでした。中学からは別々の進路を進み、卒業後の再会から、今こうして一緒にご信心をさせていただけるとは、まったく想像もしていませんでした。
再会したきっかけは、私たち常住寺で行っている、子ども食堂です。高校2年生の時、子ども食堂に来ていた私の友だちが、土田君に声をかけて連れてきてくれました。
その時に、土田君のお母様が亡くなったことを知りました。当時は土田君は中学3年生で、その頃から一人で暮らしているということも知りました。
ちょうど夏期参詣が始まりましたので、朝、お寺に来て、本堂でお参りをして、ご供養をいただいて学校に行くことを勧めると、土田君は次の日から毎日、朝参詣に来ました。夏期参詣が終わっても朝参詣を続け、通っている学校は違いましたが、庫裏で一緒に朝ごはんを食べて学校へ行くことが、毎日の自然な日常になっていきました。
数年前の話になりますが、東京中央布教区青年会のご弘通ご奉公のご指導をいただいて、常住寺の青年会が約30年ぶりに再発足されました。
当時の布教区長の加藤日感お導師、現場でご指導くださった御導師・御講師方、青年会の方々には篤く御礼申しあげます。
常住寺の青年会の活動が少しずつ進み始め、常住寺にとって30年ぶりに成人式が挙行され、常住寺御宝前にて、私と土田君が将引したお友だち3人を含め、5名で成人御礼言上をさせていただくことができました。土田君が20歳になった成人を機に、ご住職より入信のお話をいただき、自宅に御本尊をお祀りして、佛立信徒となりました。土田君と再会して約3年目のお教化でした。
ここで、お寺に行くようになった頃の心境を、土田君本人から少しお話しさせていただきます。
《土田さん》
ありがとうございます。お教化から3年、入信から5年目、その間、ずっと変わらないことがあります。それは、お寺に行くと純明がいて、純明のお母さん、お父さん、妹、お兄ちゃん。そんな当たり前の家庭の風景が、必ずありました。その当たり前は常住寺の当たり前であって、私の当たり前とは違うものではありましたが、私にとっては、その当たり前が、とてもありがたい存在でありました。
今日はとても晴れていて、雲も鮮やかです。私が生まれた日もきっといい天気で、私の育ての父が生まれた日も、すごくいい日だったと思います。そういうお天気のように「当たり前に」変わらないのは、ご信心も一緒だと思います。
王子・常住寺で御題目を唱える声の速さ、大きさは、先代のご住職から伝わって、ずっと変わらないものの一つだと思います。そのように、お寺に来ると毎日、当たり前のことが当たり前のように行われて、でも私はそのひとつひとつが、とてもとても、有難いことだと感じました。きっと私にとってはそれが、決定した要因だったと、思い返せばそう感じます。
《高野さん》
土田君はこれまでも、学徒として御奉公をさせていただいていますが、本山で実施された教務見習い養成所への参加や、昨年の沖縄・広島の慰霊法要など、ご奉公の場を拡げてご信心に励んでいます。
本山での教務見習養成所への参加でご信心のことを教わり、また同世代のご信者方との交流を深められたことは、大変ありがたいことでした。帰りの新幹線で、これからの青年会のご奉公について語り合い、まずはお助行と口唱会をさせていただこうと決定したことも、いい思い出です。
その後は毎月、青年会の御講が勤まるようになり、土田君は進んでお友だちを誘い一緒に御講にお参詣し、下種結縁のご奉公も頑張っています。
《土田さん》
いま現在、私は仕事での悩みを抱え、身体的な疲労もあり、お参詣やご奉公ができていなかったことを反省改良し、開門前に一時間、常住寺の本堂でご住職、奥様と一緒にお看経をさせていただき、寒参詣に励んでいます。
まだまだご信心のことはわからないことが多いのですが、ご住職のご指導をいただいてご信心と、ぼさつのご奉公に精進させていただきたいと思います。
《二人で》
ありがとうございます。