2024-04-25 20:31
令和6年5月 誌上法門
罰といふ御折伏のなかりせば われらに信は起らざらまし
御罰は、仏様から私たちへの御慈悲の折伏と心得ましょう。 御罰を蒙ったその時は辛く感じることがあるかもしれませんが、決して恨むことなく、信心増進のキッカケを与えてくださったと受け止め、素直に改良させていただくことが肝心とお示しの御教歌です。
◆御罰がなぜ折伏か?◆
①至らぬ凡夫だから
お互いはまだ仏果成就できていない修行中の身の上です。したがって自分の力だけでは正邪の判断を誤りやすく、お悟りを得られた仏様の御智恵をいただかなくてはなりません。 そもそも罰(ばつ)とは罪を犯した者がそのつぐないとして受けるものですが、中には「自分は何も悪いことはしていない」と罪障の自覚がないのが凡夫です。そこで仏様が御罰(ごばち)をもって私たち凡夫に正しい道を歩むよう謗法罪障の恐ろしさを気づかせてくださるのです。
②末法の世の中だから
また、たとえ自分は品行方正を努めているつもりでも、末法の世の中にはさまざまな誘惑があり、あなたの心の中にある煩悩は刺激されてしまうのです。しかも法華経本門八品の教えに従う人は少なくなり、邪法邪師がはびこり混乱してしまう、これまさに末法の世の中です。
開導日扇聖人御指南に
「折伏は御慈悲の最極 罰といふ御折伏のなかりせば われらに信は起らざらまし下種の砌には折伏也。摂受は像法の智者多き時也。摂折二門をしるべき也と云々。」
と仰せです。
◆キッカケを与えてくださる◆
そのような不安定な私たち凡夫、悪世末法の世の中だからこそ、御法さまの教えに従うことが必要なのです。
キッカケ①自身で改良
正しい道を歩もうとするならば、もし失敗してもそれを成功に活かす努力をする。すなわち煩悩に負けやすい自分であることを自覚し、傷口が小さいうちに、早めに、改良することが大事です。
キッカケ②折伏を受ける
また、人が挫折、失敗、不信といったことに直面する多くの原因は、「これぐらい」という油断にあります。慢心は失敗のもとです。特にご信心においては、素直にお折伏を受けて改良することが間違いを防ぐ確実な道です。 故に私たちは、仏果成就のためにも、蒙った御罰は改良のチャンスと受け取らせていただき、すばやく改めることが肝心とお示しの御教歌です。 合 掌