2025-05-23 18:14
イビラプエラ移民記念碑参詣・移民収容所の見学
5月22日、サンパウロ市内・イビラプエラ公園にある「ブラジル日本移民開拓先没者慰霊碑」にて、慰霊のお看経をさせていただきました。
この慰霊碑は、日本館近くの「ありがとう通り」に沿って静かに佇んでいます。ブラジル日本都道府県人会会長・谷口ジョゼ氏より、建立に至るまでの経緯、そして移民の方々が歩まれた過酷な歴史について、心を込めてご説明いただきました。
戦前・戦後を通じて約25万人が日本からブラジルへと渡りました。その中には、船上で命を落とされた方や、上陸後の厳しい自然環境や労働条件の中で亡くなられた方も多く、特にマラリアによる犠牲が少なくなかったといいます。
船上で亡くなられた方はその場で海に葬られ、陸地では質素なお墓に埋葬された方もおられました。また、よりよい労働条件を求めて転々と移動する中で、墓地を離れざるを得ず、やがて無縁仏となってしまったケースも多かったそうです。
そうした“名もなき開拓者”たちの御魂を慰め、後世に伝えるため、この慰霊碑は建立されました。大きな御影石の下には小さな慰霊室が設けられ、ゆかりの仏像や、後の調査で発見された過去帳・移民名簿などが丁重に納められています。
移民が最初にサントス港に降り立った6月18日は、ブラジルにおける「移民の日」として刻まれ、毎年この地で慰霊法要が営まれています。またこの日は、日水上人が初めてブラジルに降り立ち、お題目が初めてこの地に響いた記念すべき日でもあります。
この慰霊碑は、日本とブラジルの絆の象徴でもあり、天皇陛下をはじめとする皇族方や、多くの要人が訪問されてきました。歌手・五木ひろし氏も参拝され、その際にはコレイア御導師が通訳をつとめられ、お題目を口唱されたという貴重なエピソードも伝えられています。
今回は、講有上人と68名のご参詣者が、ゆったりと力強いお題目の響きとともに、移民者の御魂へ深い敬意と感謝の祈りを捧げました。
参詣後は、徒歩で数分の場所にある日本館を見学。本格的な日本様式のお屋敷が、日伯交流の証として大切に維持されていました。
昼食は、市内の有名な中華料理店にて。午後には、ブラジル移民者収容所を訪問しました。移民者は到着後、この施設に約1ヶ月間滞在し、ブラジルの言語や文化、生活習慣を学ぶ期間を過ごしたといいます。
日水上人もこの収容所に入所されました。外出が許された後、上人は近くの大通りへ向かわれ、街頭でお題目を唱えられたそうです。まだアジア人を見たこともない人が多かった当時のブラジル、現地の人々は珍しげに眺めるばかりで終わったと伝えられていますが、この第一歩が、今日のご弘通の始まりとなったと思うと胸が熱くなります。
夕食は、コレイア御導師のご厚意により、アマゾン料理をご供養いただきました。
いただいたのは「ピラルクー」という、アマゾン川に生息する巨大な淡水魚。1億2千万年前から姿を変えていない“生きた化石”とも称される魚で、養殖技術の進化により、今では安定的に食用として提供されているそうです。中には全長3メートル・体重200キロにもなる個体もあるそうです。
正直、少し気後れしつついただきましたが、さっぱりとした味わいで、とても美味しくいただきました。心より感謝申し上げます。