ほんもんぶつりゅうしゅう

2025-11-10 18:19

講有巡教・高祖会にお参詣ご奉公いただいた皆様、本当にありがとうございました。








約1年間、準備を重ねてきた講有巡教・高祖会を雨天の中となりましたが、無事に奉修させていただきました。

住職の不徳の致すところで、言い訳のしようもないほど見事な雨のお天気でした。


講有上人にお出ましに際し、ご不便をお掛けし、心から申し訳なくお懺悔の思いでいっぱいです。

お参詣ご奉公者の皆様にもご不便をおかけいたしました。いつも以上に気配りもあれば、体力の消耗もあったと思います。そこを臨機応変に対応してくださったと報告を受けました。本当にありがとうございました。


今日のこの雨を仏天からのお折伏と受け止めています。お天気でそこまで卑下したりしなくてもいいんじゃないかと言われるかもしれません。

でも何よりも尊く、現証の御利益を救い導いていただくご信心だからこそ、御会式、御講などが無事晴天で奉修できるように御祈願し、準備を重ねて、当日を迎えた時の出来事を賞罰現証と受け止めて、改良点に気づかせていただくことができるのは人間として非常に尊い生き方であると思います。

それが人生で自分を見つめ直したり、改良に気付ける機会になります。


そして昨日の雨。これはひとえに住職のご信心前の油断、甘さ、思い違い、謗法、慢心、懈怠、知らず測らずの給仕・ご奉公不行届があったと心得、改めて改良をお誓いいたします。


今日がこのまま晴天であれば、それでよしとする私の甘さ、至らなさをお見通しくださってお折伏くだされたような雨天と末法の時代の信心修行の厳しさを痛感しました。


誠心誠意、真心を尽くしていると思っていても謗法や罪障に流される、引きずられる、飲み込まれてしまう世の中、人間の業の深さがあります。ご信心ご奉公をさせていただくという確かな意志と行動がなければこの厳しい末法の世の中を現証の御利益をいただいて、幸せに、大切な人を守って生きていくことは厳しいと教えていただいているようです。


中途半端やごまかし、上辺だけのご信心ご奉公では通らない。

苦難の中、嫌な、大変な、めんどくさい、難しい、そんな中にあってなお、時間を割いてお題目を唱え、お参詣し、真心を尽くしてご奉公し、人にもお題目のご信心の尊さ、ありがたさを伝えて功徳を積ませていただく、改良するさせていただく、そんなご信心前への改良が必要であると深く感じました。


昨日、お参詣ご奉公くださった皆さんは、今この末法で、ご時世で、雨の中をわざわざお寺に足を運んで、参詣しよう、御法門を聴聞しよう、人のため、お寺のため、御法のためにご奉公させていただこうという本当に尊い皆さんです。


今日のこの雨の中の奉修、手間や苦労のあったお参詣ご奉公が信心改良のきっかけ、さらにお題目のご信心で人を支え、救っていただく現証御利益のさきがけであるように、空は雨でしたが、皆さんの顔は笑顔で、晴々として、清々しい気持ちで、ご帰山ご帰宅くださっていることを願っております。