2018年5月事業山録 ご本山奉修導師を終わり

 今回住職は「本山宥清寺の門祖会式」の奉修導師を御勤めさせて頂くと言う栄誉を頂戴致しました。教務生活で一回だけの御奉公と思って、本山出仕をさせて頂きました。いずれにしても私一人ご奉公出仕参詣させて頂く為に多くの方々のお力添えを頂き感謝させて頂いております。思えばとにかく多くの方々のご協力あって、お陰あっての出来事でしたので、その喜びは大きなものでした。中でも、何よりも寂光のお師匠日建上人にご心配をおかけしたと思っていますし、本寺の現お住職にもご心配をおかけしました。建国寺時代一緒に朝夕頑張ってご奉公をさせて頂いた「兄弟弟子達」、私の教務生活中にかかわって下さった多くの御信者さんの、励ましやご後援、大きなお力添えは、今回慶事の基盤でした。教務仲間の祝辞や励ましのお言葉も色々頂戴致しました。これらの事を噛み締めていますと「教務生活、ご奉公の日々を、続けさせて頂いていて良かった」と感激もいたしました。寺内のご信者にも大変なご後援も頂きました。大きな喜びの為に、何人かの御奉公者が時間を費やして下さっての御奉公完成でした。私はかつて他の先輩教務さんが、私と同じ様な機会で、準備の御奉公をして頂いて見えたことを見聞してはいますが、自分がご迷惑をおかけをしているという場面を迎え、感慨無量でした。その理由は三つあります。
1 私より先輩のお教務が、その栄を果たされずに先に「寂光に出立」をされて見えると言う事があるとのお話をお聞きした事があります。その尊い機会を後輩が頂き、申し訳なしと思ってもおります。
2 「寂光に出立」はされては見えないけれど、ご高齢を理由に、出仕を辞退された導師方が過去に見えたとの事、これも前項と一緒の気持ちです。
3 かつて戦争という時代にぶつかられて、為に機会を逃されてしまわれたといわれる方も見えるそうです。 私には余り深い事はわかりませんが「思いを残されて亡くなられた先輩の思いも込めての今回の出座」と思わせて頂かなければと思いつつ、栄えのご奉公をさせて頂きました。
 思えば健康な身体の持ち主に成育をしてくれた父母へのお礼は忘れてはならぬと思っています。お師匠様の厚い指導と人間教育は「感謝の一語」以外には意を尽くせません。又小寺院の信厚寺ではありますが、何はともあれ、信厚寺信者の御信心に護られ、ご奉公を終えました。やがてお目見えさせて頂くお師匠様に、良いお土産話が出来て嬉しい事でした。

信厚寺管理者 [その他] 2018-05-06 07:55:00

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