ほんもんぶつりゅうしゅう

2020-09-05 16:07

9月5日の隆宣寺日記

仕事もプライベートも、何かに取り組む時には《原動力》があるものです。自動車であれば、ガソリンや電気によって前に進むパワーが作り出されます。色々と計算し尽くされた外装であっても、乗り心地最高の内装であっても、どんなにハイテク機器が搭載され、大きなパワーを生み出すエンジンを積んでいても、《原動力》となるガソリンや電気が無ければ1ミリも動かず、乗り物としての価値はゼロ。そう思えば、何はともあれ《原動力》を確保する、そこに対する意識を途切れさせないことが、確実に前進し続けるためには必要不可欠だと言えます。
 
それは、お寺においても全く同じことが言えます。現代に相応しいお寺、現代人に見合った教えの伝え方を考え、挑戦していくことは大切なこと。しかし、そうやって色んなカタチを模索して、新しく作っていくだけではいけません。そんな中でも《原動力》となる部分を、しっかりと押さえておくことが重要で、折角、素晴らしいカタチが整ったとしても、1ミリも動かなかったら、ただの見せ物、置物です。むしろ、多様化している現代、コロナ禍である現代であるからこそ、力強く前に進み続けるパワーと、ちょっとやそとではダメにならない耐久性が必要です。
 
そう思うと「いかに《原動力》が大切であるか」ということに気づかされます。目先の色んなことに心を奪われて、小手先の改良ばかりになっていないでしょうか。《原動力》の改良となると、目覚ましい改良や目新しい改良は無いかもしれません。即効性はなくて、地味で、大変な割りに大きな成果は出ない、長丁場で、忍耐第一。でも、そういう改良を地道に続けていくことによって「地力」「実力」が確実についてくる。そうすれば、その動力に相応しい姿形に自然と変化していくのではないでしょうか。あれこれ手を加えたのに《原動力》不足で、その場で足止めということのないように気をつけましょう!
 
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