ほんもんぶつりゅうしゅう

2021-01-16 13:16

1月16日の「毎日ぶっきょう」

コロナ禍において大切な《心づもり》は大きくわけて2つあります。1つは「コロナにならない」「元気でいること」を前提とした《心づもり》です。明日や来週、来月、来年の予定を考え、組み立てていくことも、コロナを防ぐためにできる事を調べて、速やかに実行していくことも、今後も相変わらず元気で日々を過ごせることを前提にした計画と言えます。

 

もう1つは「自分や家族がコロナになる」という万が一に備える《心づもり》です。どんなに「相変わらず元気でいたい!コロナになりたくない!」と願い、対策を講じても、万が一の可能性は誰にでもある訳ですから、そのための準備・計画も必要不可欠です。もし、この《心づもり》をしていなかったら、いざ【コロナ陽性】となった時に大慌てする羽目に。それどころか、周囲の人たちにも大きな迷惑をかけてしまう可能性が大いに有ります。

 

それと同様に、私達は人生を歩んでいく上で大切な《心づもり》はあります。それは「今日、死ぬかもしれない」という万が一に備える《心づもり》です。世の中に《コロナにならずに済む人》はありますが、《死なずに済む人》は誰一人いません。そんなことは誰だってわかっていますが、この万が一に備えて《心づもり》してる人は少数派です。だからこそ、実に多くの人が「いざ臨終!」となった時に、後悔や未練が残る羽目になります。

 

私は、息子が生まれて以来、自分の「死」というものを今まで以上に考えるようになりました。そして、その時、その時にできる「万が一の準備」を常に考えて、必要に応じて更新しています。それは経済的な基盤もそうですが、息子に「人間として生きること」をきちんと伝えるために、直接、息子に教えるべきことは伝え、後々ふり返られるように記録としても残しています。突然「いざ臨終!」となった時に、無責任な親とならないように《心づもり》をしているのです。

 

これは誰にとっても言えることで「今日、死ぬかもしれない」の《心づもり》は生きていく上で必要不可欠。それでこそ「今日も明日も元気でいること」を前提とした《心づもり》、人生設計も発揮されるというもの。つまり、人生には「生きる覚悟」と「死ぬ覚悟」の2つが必要で、それでこそ人生は正しく成立するのです。「生きる」を知るからこそ「死ぬ」がわかり、「死ぬ」を知るからこそ「生きる」がわかります。きちんと《心づもり》をしながら人生を歩めるように、仏教で「生きる」と「死ぬ」を正しく学ぼう!

 

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