2017年10月01日

佛立開花運動5ヵ年誓願必成のために 教務局局長 小西日演

法は人によりて弘まる
 阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震等々、我国は本当に災害列島と言っても過言ではありません。
 災害時の対応には、その国の「文化」が表われるといわれます。
「いのちを大切にする社会」か否かが、その時にはっきり映しだされるからです。
 私の所属する第3支庁は、明治24年(1891年)10月に起こった濃尾大震災が、ことの起こりです。
当時で死者7,000名を超えるという直下型の大地震でした。
 佛立第二世日聞上人はその報を聞かれ、すぐさま大垣を訪れ、その被害の大きさに心を痛められて、後の四世日教上人、五世日風上人、そして、ご信者方を救援にさし向かわされました。まだ、大垣には佛立宗のご信者が一人もいない時のことです。
 当時も大変な支援金が必要だったことは、申すまでもありません。
 このことを、日聞上人は「千座法談」(御法門帖)の中に、
信心の懈怠・有志を惜む等
○又大垣は余所の事なり等と
○皆心得誤れり
○これらの心得誤り其組下になきやうに御さとし頼み入て
と、大垣はよそ事だと支援金のご有志を惜しむ人たちに折伏しておられます。

 ここにも、開導日扇聖人が、ご幼少の頃から育てられた日聞上人、日教上人、日風上人、また支援のご信者方のご奉公の姿を拝見して、開導日扇聖人が、いかに「いのちを大切にされる文化人」であったかを管見させていただけるのです。
 大垣で初めて教化になったのは米屋さんが始まりで、その一粒から大垣市内へ、岐阜へ、一宮へ、名古屋へと上行所伝の御題目が下種され、今日に至るのです。
 まさに「法は人によりて弘まる」です。

生きる意味
 ナチス強制収容所の体験が書かれた「夜と霧」、「それでも人生にイエスと言う」(V・Eフランクル著)の2冊には「人間の尊厳」も「生きる意味」も破壊し尽すナチスの暴挙。しかし、それでも人間として生きぬいた人がいたことが書かれています。
 フランクルは、この本で平和な時代でも、目に見えない、強制収容所が人類を取り巻いていると警鐘しているのです。

 法華経本門八品の教えは「生きる意味」を教えていただく経典です。
 日本の社会は、豊かになりました。しかし、その社会に生きる人の心が「焦土」であってはなりません。
 本当の豊かさ、価値ある人生、生きる意味とは「尊い教えを伝える人」のことです。
 開導聖人は、そのことを、身をもって教導されたのです。

 お祖師さまは、

「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」

(崇峻天皇御書・昭定1397頁)
と示されています。

 仏さま一代の肝心は法華経です。法華経の修行の肝心は、他の人の受苦を悲しんで、人を助ける菩薩の修行です。
この修行に励み、生きる人は「いのち」に価値が生じます。
 心が焦土化した今日、上行所伝の御題目で人々が、おぎない合い、励ましあって生きる浄仏国土を現出するため、なんとしてでも誓願必成に向けて、あと1ヵ月、共々に頑張りましょう。