2019年01月01日

新春清談 講尊・山内日開上人 ご信心で道理にかなった生き方を

――御講尊上人におかれましては、平成31年の新春を恙(つつが)なくお迎えになられましたこと、謹んでお慶び申し上げます。早速ですが、昨年のご奉公を振り返りますと、宗門では一昨年までの開導聖人ご生誕200年の慶讃ご奉公が3誓願とも成就し、3月7日に全国寺院の住職・局長の代表者奉告大会で御礼を言上させていただきましたが、そのご感想などは…。

 個別に分析し折伏を
御講尊 宗門全体としては成就したけれども、できていないお寺もあるし、やっぱり、それぞれ個々の分析をして、是は是、非は非として考えていかんとイカンと思いますよ。全体で成就したから、もうそれでいいじゃないかではなしに、個別に分析して折伏すべきはしていくという、そういうことをやらんと佛立ではなくなってしまいますね。

――御講有はいつも「成就も大事だが育成が一番大事」と仰せですが。

御講尊 もちろん、お教化はそうですね。いくら数ができても育成ができなかったら、みんな退転してしまうわけだから、育成をきっちりして信心を感得させるという、それは言い換えれば、ご利益をいただかせるということやから、ご利益を感得させるという信心前にしていかんとね、具合が悪いですな。

――御講有の『年頭のことば』でも触れられていましたが、昨年は大阪北部地震もありましたし、台風21号、また北海道胆振東部地震等、本当に天変地異と言いますか、災害の多い年でした。

 世相の乱れをご弘通で正せ
御講尊 今年は特に台風が兵庫県、この辺りに3つも来ました。こんな年はあらへんですよ。何年かに1回ぐらいは来るけれども、1年で3回も、しかも最初のは東から西に来たでしょ。そんなのは今まで考えもせんことでした。
だから、そういう天変地異が起こるということは、やはり「依(え)正相(しょうそう)順(じゅん)」と言う、仏法の摂理から言うても人間の心と言うか、そこに生きてる人間の生き様というものが、やはり道理にかなってないという、それが顕れているわけでしょ。だからそういう面を是正していくためにも、ご弘通にもっと気張らんとイカンと思うわ。世相が乱れているものね。

――その台風の影響で、第11支庁は、9月30日開催予定だった青少年の一座が延期になってしまいましたが、今回の青少年の一座は、各支庁毎に奉修されました。その青少年に対するご期待などは、いかがでしょうか。

青少年育成の課題
 常日頃の親の信心が大事
御講尊 それが、なかなかですね。この第11支庁でも青少年の一座は今年の3月17日に延期になったみたいですが、だいたい執行部が考えていた参加目標が200人ぐらいやったらしい。そんな程度のことで躍起となってやらないかんというのが今の青年会、薫化会の現状ですね。
だから青少年の育成ということを、もっと力を入れてやらないと、もう宗門の将来はなくなってしまうわね。やはり、若い世代がもっと増えてこなければ、どこのお寺でもそうだけれど、普段の朝参詣にせよ、御修行の参詣にせよ、御講参詣にせよ、若い世代がもっと増えてこんとイカンわね。
今まで規模が大きくて充実していたお寺も青少年の数が段々減ってきている。ましてや小さいお寺は余計のこと。だから青年会、薫化会が十分機能していないお寺が沢山あるでしょ。これは、これからの宗門の大きな課題だと思いますね。
若い世代の人が、信者さんの子弟であっても信心を必要としていないのかな? なんかしらんけど。そういう育成ができていないですね。それもまぁ、我々の責任でもあるわけやから、反省はしていますけれども…。

――そういう妙案っていうのは、なかなかありませんね。

御講尊 妙案はないなあ。まあ、人生にはいろんな浮き沈みがあるから、そういうチャンスを捉えては折伏をし、御法のご冥加がいただけるように、やはり普段から親御さんがその気でしっかり信心をしておれば、そういうお計らいがいただけると思う。もう親が半分諦めてるみたいなところが、あるんと違うかな。それと今は、塾やら色んな稽古事やらそんなことで、お寺へ行くよりもクラブ活動とかね、親が連れていくでしょ?お寺へ連れてきたらええのになあ。

――昨年から高祖ご降誕800年の「つづれ織り運動」が始まりましたが、その初年度のご奉公を振り返って、いかがでしょうか。

 中身の充実した
ご奉公を心がけよ
御講尊 昨年は初年度で、あと4年あるわけやけれども、考えてみれば昔の立教開宗700年とか、その時代の教化誓願と今は全然違うでしょ。ガタッと減ってしもうているものね。昔は宗門で、1年でだいたい10,000戸の教化ができていた。
だから、立教開宗750年のご奉公でも75,000戸という誓願が立てられ、時の御講有が号令をかけられて、その頃、私なども関東方面の弘通顧問で、必死になってご奉公しました。そういう気概が最近の記念ご奉公ではあらへんものね。
誓願が、それほど立ってないでしょ。今回の高祖ご降誕800年の慶讃ご奉公でも、20,000弱、その程度です。もう、うんと減ってしまっている。だから楽にできるような誓願を立ててやっているから、とそこまでは言い過ぎかも知れませんが、本当に中身の充実したご奉公をさせていただかんと、お祖師さまに申し訳がないと思うね。        (来月につづく)