2020年03月01日

サイパン島へご奉公 戦没者回向と題目碑修復

令和元年12月16~19日、サイパン島戦没者慰霊回向、並びに第7支庁建立の御題目碑御修復のため、教務1名、講務4名でご奉公させていただきました。
16日、レンタカーを借り、バンザイクリフの第7支庁御題目碑の御修復に向かいました。昨今の猛烈な台風の影響で先端部の落下と銘板の破損はありましたが、いわき妙運寺所属の大和田岳夫氏(石材店社長)のご奉公により無事、御修復されました。
17日は、地元のパウパウツアーズが主催する「慰霊巡拝ツアー」に参加。民間人が捕虜として収容された収容所跡、日本海軍飛行場跡、防空壕跡、タポチョ山頂など有名な場所を見学。続いて私有地にあり一般観光客は立ち入ることができないドンニー野戦病院跡洞窟で、ご回向法要をさせていただきました。
この場所では2千人もの傷ついた兵士が治療を受けていましたが、助かったのは300人程。米軍が攻めてくる事を知った負傷した兵士、看護師の女性達は手榴弾で自決されたそうです。その時、使用され爆発した手榴弾が現場に残されており、実際に触れさせていただきました。
ドンニー野戦病院から米軍に追われ移転した極楽谷野戦病院跡では、最近、発掘された若い日本兵の方と思われるご遺骨に御供水を捧げさせていただきました。
その後、道なき道をナタで切り開きながら鬱蒼(うっそう)としたジャングルを進み、ロープを張りながら岩山を登った先にある地獄谷と呼ばれる、日本陸海軍の最終司令所跡まで行きました。この場所では日本陸海軍将官3人がバンザイ突撃前夜、自決をしたと伝えられています。75年が経過し、足場は崩れていましたが、ここでもご回向法要をさせていただきました。
18日は、バンザイクリフの第7支庁御題目碑に於いて、戦没者ご回向法要を勤めさせていただきました。支庁内の皆様からお預かりした紙塔婆(水溶植物性自然素材)は、ご回向後、バンザイクリフの崖上から海中に流させていただきました。
次に、スーサイドクリフ崖下にある日本政府慰霊碑にてご回向、多くの日本人が居住し日本人小学校があった旧北村でもご回向をさせていただき、19日、無事に帰国をさせていただきました。
今回、初めて参加した「慰霊巡拝ツアー」は、8時間にも及ぶ長時間でしたが日本人ガイドの小川さんがサイパン戦のお話を詳しく説明くださり、大変勉強になりました。なお、第7支庁では令和3年2月にサイパン慰霊団参を計画しております。    
(広宣寺・柴﨑肇廣記)