日蓮聖人のお手紙を通して学ぶ佛立信者のご信心と人生

日蓮大士ご降誕八百年記念シリーズ 日蓮聖人のお手紙を通して学ぶ 佛立信者のご信心と人生 その3 富木常忍氏へのご消息

日蓮聖人ご在世当事の有力な信徒の1人に富木常忍(ときじょうにん)という方がいました。

 富木氏は現在の千葉県一帯を治める千葉氏に仕える武家で、建保四年(1226)、下総千田庄若富(千葉県市川市中山)に生れたと伝えられていますから、日蓮聖人より6歳年長ということになります。

 富木氏は日蓮聖人に早くから帰依した信徒であると共に教養もあり、また教学(教義)の面でもかなりの学識のあった人でしたから、聖人も富木氏には深い信頼を寄せられ、しばしば教学的な事柄を記した書を氏の許に送られています。今日、佛立宗の教務さんが、教義を学ぶ上で最も依りどころとしている、『観心本尊抄』『四信五品抄』『法華取要抄』といった聖人の御書も、この富木常忍氏を通して門下に与えられた御妙判です。

 日蓮聖人が富木氏に与えられたご消息の中には大切な御法門が説き示されていると共に聖人のお人柄を偲ばせるご文章を見出すこともできます。

 日蓮聖人が身延山にお入りになったあとの建冶2年(1276)2月下旬、富木常忍氏は90歳の高齢で亡くなった母親の遺骨を納骨するため聖人の許を訪ねました。

 富木氏はいく日かを聖人の許で過したあと、聖人の庵室を辞する際、自身が所持していた法華経の巻物を庵室に置き忘れて帰ってしまいました。

 そこで聖人は富木氏の許にこの経巻を送り届けるため、お弟子の1人を遣わされたのですが、その時添えられたお手紙が今日まで伝え残されています。その一節をご紹介しましょう。

 「忘れ給う所の御持(おんじ)(きょう)、追いて修行者に持たせてこれを遣わす。()哀公(あいこう)の云く、『()く忘るる者あり。移宅(わたまし)にすなわちその妻を忘れたりと』云云。孔子(こうし)の云く、『また好く忘るること、これよりはなはだしき者あり。桀紂(けっちゅう)の君はすなわちその身を忘る』と等云云。それ(はん)(どく)尊者(そんじゃ)は名を忘る。これ(えん)()第一の好く忘るる者なり。(しょう)(にん)上人は持経を忘る。日本第一の好く忘るるの(ひと)か。」忘持経事・佛立宗版御妙判集3巻154)上記の御文を意訳してみましょう。

 「過日お忘れになったご持経を弟子に持たせて、これを貴殿の許にお届けします。世の中にはよく物忘れする人がいるもので、昔の中国の()という国の王、哀公が孔子に向って『世の中にはよく物忘れするがいるもので、転宅の時、我が妻を忘れた人がいたそうだ』と言うと、孔子はこれに答えて『いやもっと甚しい者がいる。()の国の(けつ)王や(いん)(ちゅう)王といった暴君は自身の身を忘れた』と言ったといいます。また釈尊のお弟子のシュリハンドク尊者は自分の名前さえ忘れたそうです。これは世界一の忘れん坊でしょう。今、富木殿はご自身の大事ご持経をお忘れになった。日本第一の忘れん坊かもしれませんね。」

 日蓮聖人は、正面から富木常忍氏の非を責めるようなことはなさらず、故事を引き合いに出されつつ、ユーモアを盛り込んで、やんわりとお諭しになられているのです。

 日蓮聖人は先の御文に続いて、過去に法華経の教えを聴聞し、仏の種を授かりながら、これを忘失し退転してしまった衆生や、仏の御本意のなんたるかを忘れ、方便権経に固執する人々は真の忘れ者である、と筆を進めておられます。

 私たちも御法門で聴聞させていただいたことを忘れ、疑い迷いを起してしまうような忘れん坊信者にならないようにしたいものです。