日蓮聖人のお手紙を通して学ぶ佛立信者のご信心と人生

日蓮大士ご降誕800年記念シリーズ 日蓮聖人のお手紙を通して学ぶ佛立信者のご信心と人生 その1

法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)道元(曹洞宗)といった仏教各派の開祖と称される仏教者の中で多くのお弟子方、ご信者方から、とりわけ女性信者から慕われ、敬われたという点で、日蓮聖人の右に出る人はいないでしょう。
日蓮聖人が当時のお弟子、ご信者方から敬愛の念を持って帰依を受けたのは、聖人の説かれる教えの深さ、正しさといったことだけではなく、日蓮聖人というお方からにじみでる慈愛の深さ、知性、意志の強さ、はたまたユーモア精神といった要素が溶け合った人間的魅力が大きな要因であったと思われます。
今月号からは、日蓮聖人が当時のお弟子、ご信者方に送られたお手紙を通して、日蓮聖人のお人柄を偲ばせていただくと共に、上行所伝の御題目をお持ちさせていただく佛立信者の生き方、ご信心のあり様を学ばせていただくことにしましょう。
 
 妙一尼へのご消息
 
 「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬はかならず春となる。いまだ昔よりきかず、みず、冬の秋とかえれる事を。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となる事を。」
(佛立宗版 高祖御妙判集3巻-289頁)
 妙一尼は工藤祐常経(くどうすけつね)の娘として京都に生れ、のち下総(現在の千葉県)の印東祐照(いんどうすけてる)のもとに嫁ぎ、2男2女を産んでいます。その第1子はのちに日蓮聖人のお弟子方の最長老となる日昭上人です。
 妙一尼は夫の印東祐照と共に日蓮聖人に帰依した篤信家でした。聖人が幕府によって逮捕され、竜の口のご法難を経て佐渡島にご流罪となった折、多くのお弟子、ご信者も幕府から宗教的弾圧を受けましたが、印東祐照、妙一尼夫妻は日昭上人の親であるという理由から、所領没収と言う厳しい措置を科せられることになります。
 妙一尼の夫、印東祐照は聖人の佐渡ご流罪中に高齢でこの世を去ってしまいますが、妻、妙一尼は幕府からの弾圧、夫の死去といった苦しい状況下にあっても不退のご信心を貫き通し、佐渡ご流罪中の日蓮聖人やそのお弟子方に対して、さまざまなかたちで外護のまことを尽し続けたのです。冒頭の聖人のご文章はそうした苦難の中にあった妙一尼に与えられたいたわりと励ましのお手紙の一節です。
 日蓮聖人が妙一尼に差し出されたご消息(お手紙)は、今日6通が伝え残されていますが、そうしたご消息を通して、妙一尼というご信者はかなり教養のある女性で、仏教の教理面にも深い関心を懐いていたことがうかがえます。たとえば妙一尼は聖人に「法華経に説く即身成仏論と真言宗で説く即身成仏論の相違はなにか」とか「法華経の本門の教説と迹門の教説の基本的相違点はなにか」といった質問状を送っていたようで、聖人はこうした質問にもていねいにお応えになっています。が、一方で聖人は妙一尼が理論的理解の方向に走りすぎるきらいがあることを案じられ、次のようなおさとしの言葉も送られています。これまた聖人のこまやかなお心遣いのあらわれといえましょう。
 「それ信心と申すは別にはこれなくそうろう。妻の夫を愛むがごとく、夫の妻に命を捨つるが如く、親の子を捨てざるがごとく、子の母に離れざるが如くに、・・・・・・南無妙法蓮華経と唱えたてまつるを、信心とは申しそうろうなり。」(佛立宗版 高祖御妙判集3巻―291頁)