ご利益体験談

あれ程見つからなかった書類が… —素直に参詣、懸命のお看経でお計らい—

第9支庁 呉・妙泉寺 荒谷 諭さん
 
 
 ありがとうございます。本日(平成27年8月22日、第5回『青少年の一座』にて)は、私が本門佛立宗に入信したきっかけと、これまでにいただいたご利益についてお話をさせていただきます。
 
 私は、今から5年前に妻と結婚しました。ちなみに彼女は三代目のご信者です。結婚に際しての妻の条件が「ご信心を一緒にさせていただくこと」だったので、もともと信仰とは無縁の生活をしていましたが、彼女の大切にしていることなら、という気持ちで、訳も分からないままに、結婚を機に入信いたしました。
 
 妻のたっての希望で、結婚式はお寺の本堂で挙げさせていただき、新居にはお寺からご弘通御本尊をお借りして、小さいお厨子のお戒壇を祀らせていただきました。しかし、どうしても私には妻の言うご信心の有り難さが分からず、ただただ、妻に言われるままにお寺参詣や青年会のご奉公に参加させていただいていました。
 
 そんな調子で1年が過ぎた頃、私のご信心に対する気持ちをガラリと変えてしまうような出来事が起こりました。当時、私たちは仕事の都合で鳥取県米子市に住んでいましたが、仕事でお客様から預かった大切な書類を、一部紛失してしまうという、大変な失敗をしてしまったのです。私の扱う書類は、個人情報や信用など、特に気を遣わなければいけない書類ですので、本当にしてはいけないミスでした。紛失した書類を探すため、休日も返上で連日深夜まで残業し、私のせいで職場の上司や同僚にも大変な迷惑をかけることになりました。細かい説明はここでは申しませんが、事は自分の職場だけにとどまらず、広島の本局の局長が謝罪会見を開かなくてはならないかもと言われ、徐々に精神的にも追い詰められ、責任を取って仕事を辞めなければいけないかもしれない、とまで考えるようになっていました。
 
 妻は、連日深夜に帰宅する私には何も言わず、ただお看経しながら待ってくれていましたが、正直、その時の私は「お看経したからといって書類が見つかる訳はない」と思っていたので、ご法さまにおすがりしようという気持ちはまったく起きませんでした。
 
 そんな状態で1週間が過ぎ、明日、書類が見つからなければ、マスコミへの謝罪会見はもちろん、私も上司も処分を受けるという日の夜、それまで何も言わなかった妻が、初めて「こんな時こそ、御法様におすがりして、助けていただこう。明日から夏期朝参詣が始まるから、仕事に行く前に一緒にお参詣しよう」と言いました。それまで、お看経で書類が見つかる訳はないと思っていた私ですが、もう本当に心が追い詰められて、やれることがあれば何でもしてみようと思い、ようやく、素直にお参詣しよう、と思うことができました。
 
 次の日の朝、妻の運転する車に通勤用の自転車を積み込み、米子・堅信寺にお参詣させていただきました。入信して初めて、心の底から一生懸命にお看経させていただきました。そして、本当に信じられないことが起こりました。さして広くない職場を連日あれほど探しても見つからなかった書類が、あっけなく見つかったのです。キツネにつままれたような気分で、「これがご利益なのか」と鳥肌が立ちました。結局、書類が見つかったおかげで私も上司もおとがめなしとなり、これまでの大騒動は何だったのかと、拍子抜けするほどの幕引きとなりました。
 
 妻は涙を流して「ご利益がいただけて良かったね」と喜んでくれました。本当にホッとしましたし、目の当たりに現証のご利益を見せていただき、目からウロコが落ちたような気持ちでした。この出来事をきっかけに、私自身もご法さまを信じてみようという気持ちが出てきました。
 
 その年の夏期朝参詣は次の日からもお参詣を続け、皆参させていただくことができました。それ以来、夏期参詣、寒参詣とも家族で頑張ってお参詣させていただいています。ご信心に対する気持ちが変わるにつれ、日常いろんなことが「お計らいかも」と思えるようになりました。何となく妻の言う「有り難い」も分かるようになり、わずかな時間ですが自宅でのお看経もできるようになってきました。
 
 また妻の妊娠中にも、妻の持病のことや赤ちゃんがお腹の中でうまく大きくなれないなど、心配や不安なことが次々と起こる中、その時々に御法様からお計らいをいただいて、無事に出産することができました。通常よりも小さく生まれ、出産後は3週間の入院を余儀なくされましたが、その息子も今では3歳になり、御法様のおかげで元気いっぱい育ってくれています。
 
 その後、2年前に妻の実家の近くに自宅を新築したのをきっかけに、妻と話し合って、それまでのご弘通御本尊でなく護持御本尊を奉安させていただくことにして、それと同時に、お戒壇もお求めさせていただきました。正直、自分たちには少し立派すぎるお戒壇やお道具類ですが、ご宝前は一生の宝物と決定させていただき、お迎えさせていただくことができました。
 
 今でも、なかなか素直にご信心、ご奉公とはいきませんが、今年5月に父が亡くなり、身近な人の死に接することで、自分だけのご信心でいいのか、と考えるようになりました。やはり、御題目で父を送ってあげられなかったことが心残りで、今は何とか母や兄にも、このご信心を伝えることができたら、と思っています。また、先のことを思えば息子にも法灯相続させなければ、と強く思っています。
 
 このような大きな法要の場で、私のようなまだご信心のよくわからない者がお話させていただいても良いものかと悩みましたが、私の感得させていただいたご利益と歓びの気持ちを、少しでもみなさまにお伝えできたらと思い、お話させていただきました。本日は、ありがとうございました。