ご利益体験談

デフサッカー日本代表主将として デフリンピックに出場 旗手の大役も務める

第2支庁 清聲寺 古島啓太
 
ありがとうございます、5年前に〝ろう者サッカーとの出会い〟をテーマに掲載いただきました。私は、和歌山清聲寺(新宮市)大阪堅信組に所属させていただいている27歳になる聴覚障がい者です。そして、大阪府サッカー協会社会人リーグの守口FCに所属し、聴覚障がい者のサッカー日本代表選手でもあります。どうぞ宜しくお願い致します。
ところで皆さんは〝デフリンピック〟をご存知でしょうか? 2020年に東京で開催されるオリンピックやパラリンピックは有名ですが、〝デフリンピック〟も4年に1度開催される聴覚障がい者の〝オリンピック〟なのです。
実は、障がい者のスポーツ大会〝パラリンピック〟には、聴覚障がい者の参加資格がありません。その理由は、聞こえないこと以外は、健常者と同じで身体能力に変わりがないからです。そこで世界の聴力障がい者が中心となって開催・運営されているのが〝デフリンピック〟なのです。
デフとは、ろう者(聴覚障がい者)の事で、オリンピックの言葉と合わせて〝デフリンピック〟といいます。しかしデフリンピックの知名度は日本国内では非常に低いのです。調査したところ、パラリンピックの知名度は98.2%に対し、デフリンピックの知名度は、たったの11.2%と大きな差があります。
私たちは、もっと日本の皆さんにデフリンピックを知ってもらう為に、代表選手それぞれが講演会を行い、地域の子供たちとサッカーの交流を通じて周知活動を行っています。
そんなデフリンピックが本年7月18日から31日に掛けてトルコのサムスンで開催されました。私は今回で2度目の出場でしたが、全21競技ある中、デフリンピックへ参加する日本選手団の旗手(開会式入場時に先頭で日の丸国旗を掲げ行進する)として任命されました。
開会式は、2万人以上の人で埋め尽くされる中「ジャポーネ!」と呼ぶ声が聞こえてきました。その雰囲気は、想像を絶する感動で思わず右手は日の丸の旗を持ちながら、左手で観客席に向けて、盛り上げてもらおうと煽るように手を振り上げていました。
こんな経験をさせていただけたのも、多くのサポートをいただいた監督とスタッフのお陰もありますが、何よりも御宝前のお導きと感謝し、今回も体験談として書かせていただきました。
デフサッカー日本代表では、初めての主将を担うことになりました。全16ヵ国のチームによる試合が始まり、グループリーグには前大会準優勝のウクライナや世界大会4位のアルゼンチン、そして昨年の世界大会では2対5と日本が大敗したイタリアなど強豪国揃いで、まさに死の組と言われる厳しい組み合わせとなりました。
2013年のブルガリア・ソフィアで開催されたデフリンピックでは、私は、初出場でメダル獲得を目標に参戦しましたが、試合では何もできず悔しい思いをした事を今でも鮮明に覚えています。そんな思いもあり、今回のデフリンピックでは、何が何でも「予選突破」を目標に1試合1試合に集中することを意識して大会に挑みました。
私は、自宅でもそうですが、遠征中も1人になると御題目を唱えます。いつもの自分なら緊張してリラックスできない状況でも御題目を唱えると、不思議と日本にいる家族や御信者さん、友達や会社の人、また最近亡くなった、おじいちゃんや、おばあちゃん、そして生前、小さな頃からお世話になった先住・田村道修師が側で見守ってくれていると感じられ、緊張することなく自分の力を発揮できます。
初戦ウクライナを相手にデフリンピック史上初の勝利を達成し、日本ろう者サッカー協会としても代表選手としても大きな自信につながり、大きな一歩を踏み出すことができました。またチーム全員が一丸となり、ベストな状態で戦えたことが勝因だったと思います。 
第2戦のアルゼンチンは、デフリンピックで最も試合の入り方が悪かった試合でした。しかし2点を先制されるも終わってみれば2対2の引き分けに持ち込めたのは、試合中に2回もチーム全員が集まり、最後まで諦めない強い意識を確認できた事! 苦しい時にこそメンバーの顔を見られたことにより平常心で落ち着いてプレイをすることができました。
最終戦のイタリアでは、日本のペースで戦うことができ2対1で前半を折り返しました。後半は、イタリアも日本に負けている焦りからプレイも荒くなり退場者が出るなど途中から10人という状況でしたがイタリアの猛攻は止まりませんでした。
このまま行けば確実に目標の予選突破が可能と信じていましたが、終盤に選手交代があり、バランスを崩した日本は、ずるずると攻め入られ失点、それでも2対2でまだ予選突破できる状態でしたが、ラスト数分で試合終了を目前に押し切られ、終わってみれば2対3と敗戦となりました。
皆さんもよくご存知の1993年、日本サッカー代表サムライブルーが始めて挑んだワールドカップ! あのドーハの悲劇と同じ思いで、全身から力が抜けフィールドから動くことができませんでした。
私たちは、これを『サムスンの悲劇』として心に刻み絶対に忘れてはならない。次こそ絶対に突破! いや強豪国と互角に戦えた事から、メダル圏内も視野に入れ世界選手権(デフワールドカップ)と4年後のデフリンピックに向け準備をして行こうと強く誓い合いました。
 
【結果】
第1戦 ウクライナ戦  2対1
第2戦 アルゼンチン戦 2対2
第3戦 イタリア戦   2対3
1勝1敗1分 得失点差でグループリーグ3位となり、予選敗退
 
デフサッカー日本代表としては、残念な結果になりましたが、前大会も今大会も銀メダルだった強豪ウクライナに勝利したこと。そして今大会4位だったイタリアとは惜しくも敗戦となりましたが、前半を優勢戦え、今回目標であった予選突破まで、もう少しであった事は大きな戦績・自信となりました。
日本代表主将としても、今まで頑張って来られた多くの先輩や、これから増えてくる若い選手達の橋渡しとして、チームに貢献できるように頑張りたいと思います。
サッカー競技以外では日本は26個のメダル獲得を目標にしていましたが、水泳・陸上・バレーボールなど多くの選手の頑張りで、27個のメダル獲得を達成しました。これは本当に素晴らしい事です。
私たち日本選手団の頑張りは国内放送がなく、インターネットの配信とNHK手話ニュースなどの情報しかありませんでした。この体験談をご覧いただき、1人でも多くの皆様にデフリンピックを知っていただいて、応援くださいますよう、お願い致します。
今回、日本選手団の旗手としても皆さんのお役に立てた事を本当に嬉しく思っております。これも御宝前のお力添えと随喜し、今後もご奉公に励ませていただきたいと思います。     合掌