ご利益体験談

義父・大貫 正のこと 乗泉寺 大貫正子

私の義父(大貫正氏)は仁義佛立開拓団にて満州に家族と渡り妻、2人の子供を亡くしました。義父は日本に帰国要請のため、本国に帰りましたが、その後、船が出ず家族との別離を余儀なくしました。その後義母(子供2人)と再婚し、息子の嫁として昭和44年に私が嫁いで来ました。

義父は「御講でのご供養は私にまかせるので、食べる事もままならず亡くなった殉難者のために心をこめて作ってほしい」との事でした。皆さんにご供養を食べていただく事で、亡き人達に必ず届くと信じ、私にも教えていたのだと思います。

昭和44年頃は戦災孤児のテレビ放映が夕方にあり、必ずテレビの前に座り、じっと見ていた義父の姿が忘れられません。きっと我が子が中国人に助けられているかも、との一途な思いだったと思います。また8月には必ず御講席をいただき、130霊の方々のご回向をさせていただき、御講師も全員を読み上げて下さり、ありがたかったです。春秋のお彼岸には130霊のご回向をお寺に申し込み、私の嫁ぐ前は部の役中さんのご奉公で、私がさせていただいてからは、昭和57年に義父が亡くなるまで毎年ご回向が続きました。

もう一つ、忘れられない事があります。何もない時でも必ず「かんろあめ」が御宝前にお供えしてありました。あめが溜まるばかりなので、ある日、私が義父に聞きますと、義父は日本に呼ばれた時、当時2才の娘の康子ちゃんにおみやげの約束をしたそうです。その時にあめを買って来てと言われたのですが、それをかなえてやれなかった事へのお詫びの気持ちからでした。どんなに家族のもとに帰りたかったか。結局その思いも叶わず、ひたすらお看経をあげ、殉難者のご回向を欠かすことなく続けていた義父の思いには、とてもおよびませんが、私も毎月25日のご回向を続けさせていただく事で、小さな子供達までも犠牲になった開拓団の人々への思いを忘れず、次の世代につなげていく事が大切だと思いご奉公させていただきます。