ご利益体験談

奉安展示やマルシェ開催  大野さん夫妻の臨終の際のご利益に随喜 第5支庁 妙導寺 高田可奈江

ありがとうございます。

 東京房総布教区・妙導寺で事務局長のご奉公をさせていただいております高田可奈江と申します。

 本日は、妙導寺における佛立開化運動を振り返り、その中から、いくつかのご奉公の事例を体験談としてご披露させていただきます。

 

 奉安見本展示ブース

 さて妙導寺では、教化の花を咲かせようと、昨年より本堂に入る手前のスペースに御本尊の奉安の見本を展示するスペースを設けました。

 そのねらいは、お寺に「教化対象者」を連れ参詣した際や、まだ奉安していないご信者さんが参詣された際に、実際の御戒壇やお厨子を見ていただいてイメージをしていただき、お勧めをしやすくするためです。

 展示にあたりましては、御講師を中心に若い方の意見も反映し、壁掛けなど省スペースでおまつりできる形や、現代的なデザインかつ安価な御戒壇・お厨子、お道具をインターネットを使い探し出し、選びました。

 この奉安見本展示ブースのおかげで、今後の予定も入れて約5軒の奉安教化成就のきっかけになりました。

 

 妙導寺マルシェ

 また教化の花を咲かせようと、別の試みといたしまして、お寺の近隣の方とのふれあいを目的に「妙導寺マルシェ」と題して、境内にて採れたて野菜の販売を農家のご信者にしていただいております。

 この活動は、いま世間で『買い物難民』、『買い物弱者』という、商店が廃業したり、高齢で行動範囲が狭くなったりして食料品など生活必需品の買い物に困る人々が増えているという社会問題があり、ささやかでもそのお役に立ちたいという思いもあっての活動です。

 妙導寺の近所にあったスーパーも数年前に廃業したため、近隣の高齢者は買い物に困っているとの声が聞かれました。

 妙導寺マルシェは、すでに10回近く開催しましたが、多い時には50名ほどの方が買い物をされました。最近では近所の方から「次はいつ開催するのか」と問い合わせが入るようになり、近隣の方に、結縁の輪が広がりつつあります。

 

 教養各会の展開

 また昨年は、長らく途絶えていた婦人会御講が復活し、その後、毎月奉修させていただけるようになりました。役中後継者養成の観点から、今年度からは会長候補の若い方2名が副会長のお役をこころよく受けてくださいました。

 年度末には「薫化・青年会育成委員会」が発足し、本年度中に薫化会・青年会それぞれの初御講の奉修をめざしているところです。

 

 教化を受けた大野さん

 ここで、続きまして、お教化のご奉公を通していろいろな体験をされた、部長のご奉公をされている石井八重子さんと、教化を受けた大野嘉介さんのお話をご紹介いたします。

 大野さんは年齢80歳代の男性で、海苔店の経営をされていた方です。このお店ではお茶も扱っていて、お寺に御会式のたびにお茶を納入していただいていました。

元々、大野さんのお宅は、大野さんの奥さん・秀予さんがご信者で、御本尊を奉安されていましたが、大野さんご自身はご信心に関心はありませんでした。

 数年前、奥さんが介護施設に入られることになり、奥さんはご信心のことがよくわかっていないご主人では、御本尊を家に残されてもご不敬になると判断されたのか、御本尊をお寺に返納されました。その時、大野さんが退転にならないよう、ご信者の勧めで、大野さんは懐中御本尊の個人信徒となりました。

 近年、部長の石井八重子さんは、この大野さんのお宅に再び御本尊が奉安できるように毎日ご祈願をされ、折に触れ奉安を勧めていました。

 そんなある日、お茶をお寺に納めに来た大野さんが、御本尊奉安見本の展示ブースを見て、この御本尊ならおまつりしていいよと、みずから石井さんに声をかかられたのです。そして、展示ブースを活用しての御本尊奉安第1号に大野さんはなられたのです。

 この展示ブース作りにも石井さんは、一生懸命ご奉公されていたこともあり、二重の喜びとなり大変喜ばれました。

 後日、無事に再奉安となりました。大野さんは奥さんがこれで喜ぶなら自分もうれしいとおっしゃっていて、石井さんや御講師にも大変感謝をされていました。

 

 末期ガンと分かったが

 その後、しばらくたったある日、大野さんは体調を崩され入院されました。検査の結果、大野さんは末期のガンを患っていたことがわかりました。

 容態は思わしくないようで、息子さん・嘉之さんがお葬式の相談にお寺にみえました。御講師や石井さんはお葬式のことは一切心配ないから、それよりもまず、今はお父様の病気平癒をご祈願しましょうと勧めました。

その後、石井さんは、毎日お寺で大野さんのご祈願をあげ続けられました。そして、何ヵ月かたったある日、海苔屋さんを継いでいる息子さんのお店に、石井さんと御講師が訪問をされました。

 大野さんの様子を伺ってみると、息子さんいわく「胃、肝臓、膵臓、小腸にガンがあり、自分も医者から画像を見せてもらい、以前その確認をした。しかし、最近とても元気で、大変痛みのある部位にガンがあるのに全く痛まず、私よりも食べるときもあり、入院前より太ってきて不思議に思っていた。医者にこれは何が起こっているのかと聞いてみたら、現代の医学では答えることができないと言われた」と語られました。

 そして、その後、大野さんは退院することが決まりました。石井さんと御講師が息子さんに、それはご利益ですよと伝えて喜び合ったそうです。

 

奥さんの回向を勤め安らかに笑顔で帰寂

 しかし、大野さんが退院をする前に、今度は介護施設に入っている大野さんの奥さん・秀予さんが危篤となってしまいます。「もう明日にでも」という連絡がお寺に入りました。

 早速、お寺でご祈願をあげますと、その日から1週間、増益寿命されました。大野さんの息子さんは「1週間延びたお陰で親族みなそろって、最後を見送ることができた。やっぱりご利益ってあるんですね」と感謝をされたそうです。

 喪主は、ご主人の嘉介さんが病院から一時退院の許可を得て勤められました。息子さんもご信心のことはほとんどご存知ない方でしたが、毎週、自宅やお寺で忌日回向を勤められお参りされました。また、石井さんの育成が実り、家の御本尊のお給仕もお父さんに代わり息子さんがされるようになりました。

 以前、余命は半年もてばめずらしいと言われていた大野さんは、約1年半がたちましたが、ガンの痛みも全くなく元気なため、奥さんの忌日回向が終わる前に退院がかないました。そして、大野さんは自宅で、初めて奥さんの忌日回向を勤めることができました。しかし、その数日後、大野さんは容態が急変し、今度はあっという間に旅立ってしまわれました。

 枕経に伺った御講師と石井さんは、ご遺体を見て大変驚いたそうです。大野さんのご遺体はやすらかというより、完全に笑っていました。御講師もいままでこんな笑顔のご遺体はご覧になったことがないとのこと。

 息子さんに伺いますと、大野さんは奥さんが施設に入ってから、数年間、毎日2回、雪の日も奥さんのところに訪問を続けていたとのこと。体調を崩された後も毎日1度の訪問を欠かさず続けていたとのことでした。

 御講師は、そのお話を聞いて「ご遺体がこんなに笑顔であることが分かった」とおっしゃり、次のようなことをおっしゃいました。

 「振り返って考えてみますと、大野さんは人生の最後に奥さんのされていた本門佛立宗のご信心に本当の意味での入信を自らされ、そして病を克服する現証をいただかれ、奥さんの旅立ちには、喪主を勤め御題目で送られ、退院して自宅で忌日回向もきちんと勤められ、そして奥さんを追いかけるように旅立たれたのです。大野さんの笑顔は、きっとあの世で奥さんと再会を果たした笑顔に違いない。ホンモノの愛情とはこういうものだと感銘を受けました」と御講師はおっしゃいました。石井さんや大野さんの子供さん達もそう感じたようです。

 そして昨年末、大野さんと奥さんのなきがらは、仲良く一緒に海の見える墓地に埋骨されました。現在、息子さんが立派に法灯相続をなされ、御本尊を護持されています。

 

 以上が、佛立開化運動の教化の花を咲かせるご奉公の中で体験された、石井さんのお教化の体験と大野さんのお話です。

 今後は「高祖日蓮大士ご降誕800年慶讃 教化・法灯相続つづれ織り運動推進」のために、妙導寺信徒一同、異体同心となって、教化と法灯相続の誓願成就に向かってご奉公に励ませていただきます

 以上をもちまして、体験談発表に代えさせていただきます。ありがとうございました。