ご利益体験談

佛立信者は様々な「現証のご利益」を頂戴します。医者の手放した病気の平癒、仕事・学業の成就、人間関係の改善など、その数はかぞえきれません。

東日本大震災に遭遇して

第4支庁・鎌倉 顕証寺 後藤ゆみ子さん  東日本大震災から早一年十ヶ月が過ぎ、ようやく私もちゃんとした生活が送れる様になりました。     今も思い出したくない津波は、私達の生活を全部壊し、母親をも奪いとっていきました。真黒い水が音もなく私の膝まで浸り、必死に逃げる事で精一杯でした。その時は「これからどうなんだべー?。兄弟達は助かってぺが?。母も看護士さん達に助けてもらってっぺか?。子供達は大丈夫だべが?」頭の中はそればっかりでした。携帯もつながらないし、道路も津波で通れなく電柱に何台も...

門祖550回御遠諱記念大法要の本山参詣で頂いたご利益

第5支庁 土浦・本門寺 松澤宏明さん  私がご信心をさせていただくようになったのは、大学の友人がキッカケでした。今から四年ほど前、大学二年生の時に自分の悩みを相談した大学の友達が本門寺の青年会のご信者でした。相談をしてみると、友達は「今すぐお寺に行こう」と言い出し、お寺がどういうところかという説明もないまま、ムリヤリ連れて来られたのが最初でした。それ以来、御住職とご信者さんに色々助けていただいたこと、そしてお寺に来て今までの悩み事が不思議と解決したことでご信心をさせていただこうと決め、入信証...

日々の朝参詣のお陰をいただいて

第9支庁 松山・松風寺 阪田禎造(仮名)  ありがとうございます。私の生まれは大阪ですが、戦後、父親の生まれ故郷である松山に帰郷し、現在に至っています。両親はとても熱心な信者でしたので、私は幼少の頃から親に連れられて、お寺参詣をしていました。薫化会(こども会)にも出ていたと思いますが、私のご信心の基礎は、むしろボーイスカウトの活動を通じて育てられたと思います。  地域のボーイスカウトに入団したのは、小学校4年生のときでした。翌年、松風寺に「ボーイスカウト松山第17団」が、日崇上人を団委員長と...

御供水のご利益を目の当たりに

第4支庁・鎌倉 顕証寺 山本 博之さん  私ども一家は、毎日朝夕のお看経を出来るだけ欠かさないようにさせていただいております。その時、御宝前に朝一番にお取りした「お初水(おはつみず)」をお供えさせていただき、御法様より御供水にしていただいております。  数年前、ふと気付きますと右目の下に小さな疣(いぼ)が出来ておりました。しばらくしますと、その疣が米粒位の大きさになって参りました。「何とかしなければ」と考えておりましたところ、御法門で御供水による御利益の例を聴聞させていただいておりました...

信心改良で新居購入の御利益

第9支庁・松山・松風寺 中山正昭(仮名)  ありがとうございます。私の弟(大阪・良風寺所属・千歳)の御利益談をご披露させていただきます。  私たち家族は、弟がハシカから足を患ったのがきっかけで本門佛立宗に入信し、その病気平癒のためにご信心を始めました。弟は結婚して、一時期は弘通御本尊をお祀りしてご信心をしておりましたが、会社の転勤などもあり、最近はすっかりご信心から遠のいておりました。  50歳の節目で会社を退職し、社会保険労務士の資格を取り、自宅に事務所を開所したものの、バブルが...

ご回向の大事

第4支庁・鎌倉 顕証寺 林 由紀子さん  平成8年に母が帰寂し、昨年の2月23日に同じ教区の萩原弘子さん、石崎みつさんの席をおかりし、無事ご住職に13回忌の御回向をしていただきました。当日は久し振りに会う姪や甥と共に亡き母の思い出話に花が咲き、笑うやら涙ぐむやらでした。皆で「きっとこの近くに立ってニコニコしながら私達の話を聞いていてくれているわね」と、云いながら家路につきました。  その2日後です。私はその日どうしても田園都市線の走る多摩プラザという所に車で出かけなければなりませんでした...

朝参詣の功徳で腸の腫瘍を流していただく

第9支庁・松風寺 加山慶一(仮名) ありがとうございます。  平成14年3月10日の真夜中のことでした。私は突如、吐血しました。よく見ると、吐いた血のなかに、握りこぶしほどの塊がありました。私はビックリして、翌朝、国立病院を訪ね、診察を受けました。私は先生に、昨日は家内の母親の四十九日の法要があり、葬儀以来のストレスがいっぺんに発散したため、出血したのだろうかと尋ねましたが、先生は「医学上、そのようなことはありえません。胃からの出血が考えられますので、とりあえず胃カメラで診てみましょう」言われ...