お寺での信行

お彼岸会

 一般にお彼岸会の行事は、春分・秋分の日を中心に前後一週間営まれ、その間に故人の追善供養をします。これはインドや中国にもない、日本独特の仏教行事です。
 
 本来、仏教の言葉として彼岸とは「涅槃の世界・寂光浄土」、これに対して此岸(しがん)とは「現実の裟婆世界」のことをいいます。正式には「到彼岸(とうひがん)」といって、古代インド語〔サンスクリット語〕のパーラミター〔波羅蜜多〕が語源です。「煩悩が渦巻き、苦しみに満ちた此岸から、仏さまの覚りに包まれた安穏な彼岸ヘ渡る」という意味で、本来は仏道修行そのものを指す言葉であることがわかります。彼岸会は到彼岸会というのが本当ですから、営む法要そのものが裟婆の苦界を脱して涅槃静寂の世界へ到るための修行でなければなりません。
 
 インドの仏さまがご在世のときは、当時の修行者は到彼岸のために「六度行〔六波羅蜜〕」という大変難しい修行をする必要がありました。しかし末法に生まれた我々凡夫は、昔の修行者のように六度行を成就させる宗教的能力がありませんので、ここに仏様のお慈悲を頂いて、総じて南無妙法蓮華経の御題目口唱という一行の中に、六度の行を満行させて頂くことが出来るのです。
 
 つまり、到彼岸の法会は、御題目口唱の行をもって、達せられることになります。佛立宗では「常盆・常彼岸」といって、お彼岸の時期だけ思い立って修行するのではなく、毎日のお寺参詣やご奉公そのものが、当彼岸の仏道修行であると教えられています。御題目口唱や布施供養の功徳を故人へ回し向けるご回向は、佛立寺院では毎日行われています。現在の日本の風習として、佛立宗でもお彼岸の時期には故人の追善供養を集中的にさせてはいただきますが、仏道修行そのものである彼岸会=到彼岸会は、本来毎日行われるべきものなのです。