終戦70年特別企画『戦争の記憶』

鎮守 裕さん(千葉・唱題寺信徒)昭和10年(1935)生〔終戦時 10歳〕

『“行け”の合図で、身を低くして走りだしました』

第二次世界大戦末期、まだ朝鮮半島が日本の領地だった頃は、北朝鮮は、何不自由ない大らかな生活を送っていたという。1945年夏頃から、少しずつ様子が変わり、8月15日の玉音放送を境に、ソ連軍が大きな戦車で侵攻してくるようになる。そして北朝鮮に残された日本人たちは、ソ連の兵隊からの略奪や暴行から身を守るため、息を殺して生活する。そんな中、女子供だけの脱走計画が持ち上がり、父以外の家族が参加。山を歩き、川を横切って38度線に到着する。命からがら逃げてきた緊迫の脱走劇や、その時に出会った若い男女のことについても語っていただいた。