終戦70年特別企画『戦争の記憶』

小山日誠上人(佛立第24世講有、東京・清雄寺住職)昭和6年(1931)生〔終戦時 14歳〕

『笑い顔で機関銃を振り回す  若いアメリカ兵の顔をはっきりと見ました』

昭和20年(1945)3月10日、東京大空襲での惨劇を目の当たりにする。鬼畜ルメイの戦法に変わり、その日の深夜にアメリカ軍の奇襲攻撃を受けた東京・隅田川。そこで、父である後の第16世講有日幹上人と、年老いた教務、そして自身とほぼ同学年の若い教務との4人で、清雄寺の御本尊と御尊像を大八車に載せ、避難する。道中、助けを求める人々に、何度も心で謝りながらその場を後にしたという。戦火のほとぼりが冷めた頃、無縁仏の荼毘のご奉公に従事。体に染み付いた焼き場の臭いが、帰宅しても取れず、眠れない日々を過ごす。自身と同じ体験をしてほしくない、東京大空襲での人々の叫びを繰り返したくない、そんな想いを語っていただいた。