終戦70年特別企画『戦争の記憶』

窪田日求上人(静岡・聞法寺住職)大正14年(1925)生〔終戦時 20歳〕

『講堂が全部、御題目の合唱になった』

父を早くになくし、子どもには肩身の狭い思いをさせまいと女手ひとつで育て、高校進学までさせてくれた母。昭和20年(1945)3月9日の夜半、東京大空襲に被災。母とともに学校の講堂に避難する。周囲の建物が爆撃にあい、誰もが恐怖に打ちひしがれる中、母が「南無妙法蓮華経」と御題目を唱え始める。そのうち講堂内が御題目の合唱になった。翌朝、周囲は焼け野原であったが避難した体育館は御題目に守っていただいたようにB29の空襲から難を逃れる。戦後、ペンキ屋の手伝いや、得意の筆でもって書道教室を開くなどする。その後、空襲前から勧められていたこともあり、得度を決意。現代にはない戦後の生活の厳しさを経験しながらも、当時にはなかった現代のご弘通の難しさをお話くださった。