「子どもの高熱が下がらず三回目の手術の前に不思議なご利益」

ありがとうございます。

私は他宗より関家に嫁いで参りました。

主人の母は年に何回かお寺の方が信者の方とお参りに見え回向をして頂いておりました。

手を合わせ南無妙法蓮華経と一生懸命おがんでおられる姿にそんなに年寄りでもないのに。その時私はちょっと恥ずかしいなと思いました。

入信はしておりませんでしたがお墓参りはバスで子供達を連れてよく行っておりました。

お寺へ着くと「お手洗いに」古いけどいつもきれいだなと感じておりました。

時々掃除されてる方と出合うと「今日は」と私が言いますと

必ず「ありがとうございます」と返って来ます。

このお寺はすばらしいなと思いながらも信心をしょうとは思いませんでした。

この御信心、家の御宝前はおばあちゃんのものと思っていたのです。

だけどお花だけはいつも新しい花を生けさせて頂いておりました。

その後武司が小学四年生の時高熱で三重医大へ入院となり、検査が続き息子は何も口から食べることが出来ず色んな物を食べたいと言う息子を慰めるのにとても辛い毎日でした。

その頃 奥山お導師様が三重医大へわざわざお供水を持って御見舞に来て下さいました。

だけど息子はお供水を口にすることは出来ません。

するとお導師はお母さんが頂きなさいとのことでした。

検査手術二回もしたのに熱は下がりません。

三回目は十二月二十四日の年末でした。

その時は新しい血液が必要とのことでした。

十五人位の方にお願いして検査をして頂き使える血液の準備をしておりました。

あと一週間で手術と思うと息子を連れてこの病院から逃げたいと思いました。

そうしている内に熱が少し下がって来たのでなんの治療も変わっていないのに不思議でした。

主治医は手術しなくても良いとのこと。もう夢のようでした。

その頃実家の母は病気で寝込んでおりました。

でも食欲もありどうにか日々すごしておりました。

でも母は一度も私が見舞に行かないことを家族には一言も口にしなかったそうです。

(息子の入院は言ってないので)

息子も器具を付けた状態でリハビリに励んでおり新年を迎え、そうしている内に母の死の連絡が一月十三日に入りました。後で分かったことですが

母と息子は裏・表でした。

主治医に二日程留守することを伝え帰ろうとすると息子も行くと言って困ってしまいました。

主治医も看護婦さんも絶対だめよと言われ私達も当然無理なことだと思っていたのに、急に先生はOKを出されたのです。看護婦さんもびっくりです。

三重医大から実家まで車で6時間位かかるのに夜景を寝ないでずっと見ている息子は三ヶ月程寝たきりの日々だったので嬉しかったんでしょうね。

母の葬儀もすませ無事病院へ連れて行くことが出来ホッとしました。

その当時のこと思い返すと不思議なことがいっぱいありました。

現在主人のこともこれは武助のおじいちゃんヨネのおばあちゃんの本門佛立宗のご縁を作って頂いたお陰だと感謝でいっぱいです。

その後、お花の好きな私は、お寺の御宝前のお花係をいただいて楽しくお寺に行くようになりました。お導師の奥様や相棒の菅原節子さん、そして名張組組長を長い間してくださった片山治枝さんなどのお導きにより今に至っています。私も人様に喜んで頂けるような御信心が出来ますように精進したいと思います。

ありがとうございます。

御教歌に「これでわれよしと思へばおこたらん 信は忘るゝまなくすすめよ」

名張組 関 一恵 代読   平成28年9月22日 弘通デーにて発表。

妙典寺管理者 [ご利益談] 2016-11-24 10:53:00

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