妙福寺外観 水墨画

寺観

本堂

寺観

平成9年6月に新本堂が完成し現在に至ります。毎朝6時半からの朝参詣と夕方4時から夕看経が毎日勤められています。そのほか、1日、13日、17日、25日は先師聖人の御命日に因んで法要が勤められています。ご信者の心のよりどころとなっています。

食堂

寺観

講堂1階は食堂があり、厨房が併設されています。

講堂2階和室

寺観

講堂2階の和室では、御講(法要)が勤められ、控え室としても活用し多目的に利用しています。

講堂3階会議室

寺観

3階会議室では、定例会議や講義などに利用しています。

玄関ロビー

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本堂1階のロビーは、受付があり、お参詣時の待合となっています。成人式や敬老会などでは祝賀会や演芸の会場としても使用しています。

妙福寺縁起

歴史

『伏見堅信組(現・妙福寺)創立縁起 過去帳額』  明治二十三年七月十七日、佛立開導日扇聖人不滅の滅を現じ給い、二世嗣法日聞上人、その法灯を継がる講勢厳として揺るぎなし。  明治二十五年、開導日扇聖人御三回忌奉修のみぎり、時の京都堅信組組長・柴田勘七氏以下数戸の先達同信は、実に一千戸の報恩教化の大誓願を立願され、本門法華の大法下種に精進せられ、その成績、諸組中第一位の成果を達成された。これ伏見、ご弘通の初め、伏見堅信組創立の基である。ここに当道場開基日聞上人のご染筆による当場過去帳の前書を掲げるに 『伏見堅信組ハ京都堅信組ノ弘ヨリ成リタル也。明治二十五年一月ニハジメ、三十年一月当場ヲ建立シテ永ク弘通ノ基礎ヲカタム。アアソノ弘通ノ当初ヲ思惟スレバ毎戸ニ入リテソノススムヲ笑ワレ、道路ニタチテ思案ニ苦シミ、アルイハ無用のモノヲ買求メテ手ツルを求メ、又ハ大橋ノ橋上ニタチテ前途ヲ思ヒ煩ヒシモ、ツヒニ一、二戸ノ信者ヲ教化シ得テ京伏三里日毎ニカヨヒ追々弘通ナリテ、ソノ年ノ十二月伏水堅信組ノ組名を下付スルニ至リキ、ソレヨリマスマスハゲミツトメテ今年今月弘通ノ道場建立成就スルニイタレリ。  高祖曰、上行所伝ノ妙法ヲワレモ唱ヘ、他ニモススメントノミゾ今生人界ノ思ヒ出ナレト、コノゴ教戒ニマカセテソノ最初ノ信行御奉公ヲ忘レズハ将来ノ盛大、期シテ待ベキノミ、シカシテソノ功徳ヲ先祖ノ菩提ニ回向スベキ也。今需(もとめる)ニ応ジテ筆ヲトルニアタッテ当組ノ濫ヲ記シテカヘテ ハシガキトス。明治三十一年一月下浣 佛立開導 長松嗣法 現喜」  以上のご染筆より推するに、本山宥清寺、京都堅信組の方々のご苦労は筆舌に尽くしがたく、この護法御弘通精神を百年に亘り伝承して来られた、先聖先師、物故ご信者に甚深の賛美を贈り、今後百年の護法護持、寺門の興隆の糧とするものである。

旧本堂正面

歴史

本堂御遷座式

歴史

平成9年6月29日 御遷座式

妙福寺開基 日聞上人

歴代

妙福寺開基 佛立第二世講有 日聞上人 明治31年、宥清寺説教所として道場建立

妙福寺第三世 日華上人

歴代

第三世(伏見支部担任) 松本日華(清学)上人 昭和7年2月22日担任導師を拝命、赴任常任

妙福寺第四世 日操上人

歴代

第四世(妙福寺中興開基) 松本日操(現寿)上人 昭和18年3月28日 住職拝命

妙福寺第五世 現喬(日延)化主

歴代

第五世 松本現喬(日延)化主 平成9年4月上浣 住職拝命、現在に至る

妙福寺 第二世日浄上人

歴代

第二世(堅信組担任) 浅田日浄(現国)上人 日聞上人の命により明治41年堅信組担任導師として赴任常任

宇治川派流からみた妙福寺

寺観