口のみの 信者は多し 吾が祖師の 御本意をつぐ 弟子ぞすくなき

世間でもお寺でも、偽物のお坊さんがいるのと同様、偽物の信者もいます。何も、偽物だけではありません。所謂、悟りの開けていない修行中の凡夫のままのお坊さん・信者は多くいます。そういう者が、わかったような口をきくのは言語道断!信じないほうが宜しい!
口のみかどうかの判断は、行いや心の有り様がともなっているか否か。
このご教歌では、持つべき視点を二つ、挙げてくださっています。
キーワードは、”口のみ”と”本意”。
”口のみ”とは即ち外面・外観ばかりを気にする、ということ。”本意”とは”本当の心”、即ち、中身・心根。
「根」は見えませんが、根の良い木や花は青々と茂り、綺麗な花を咲かせます。
私達の身近な花でいえば、蓮。蓮の根は泥田の中にあり見えませんが、花を咲かせると、素晴らしい。
日常生活で人を判断する時、心は見えないために、外面だけで判断してしまっていないでしょうか。顔がえらくきれいなのでついていったら後でえらい目にあった、なんて話はよく聞きます。しかし、最低限のマナーとして、外観を飾ることも必要です。
じゃ、どうしたらよいのか。
このご信心では、根を磨く人には他者の根が見えてくる、と教えて頂いてます。根、つまり心を鍛えればよいのです!!その入りが、人によって、真似をすること(外観)から始まる場合もあれば、心を理解してから始まる場合もあります。
外観と中身は相互に作用するもので、どちらが良いとか悪いとか、どちらかだけで良い、ということでは無いのです。(花や木がその例です。どちらかだけの植物など、見たことありませんよね?)両方、必須です!
外観だけ良くなるのは、”ブウ竹信心”であり、それでは役に立ちませんよ、とお戒めになり、心を鍛えましょう!とお示しのご教歌です。

本圓寺web班 [寒参詣] 2018-01-07 10:31:00

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