ご利益体験談

薫化会長退任のごあいさつ お導きによりとてつもない人生が巡る 第9支庁妙現寺 岡田直之

ありがとうございます。この度、本年(令和2年)11月末日をもちまして、実質3年半に渡りご奉公させていただきました薫化会長を退任し、新たに事務局にて寺内のためにご奉公をさせていただく事になりました。
副会長を長年お勤めいただきました谷山さん、会計の小林さん始め、本当に多くの皆様に支えられ、妙現寺薫化会の発展のため、ご奉公できました事を深く感謝申しあげます。今回は御礼のご挨拶と、今後のご奉公のお願い、そして私自身がご奉公から学び確信した事をお伝えさせていただきたく思います。
 
以前の私の考え方 お役なんて大変だ
以前、佛立新聞(平成31年3月号)にも体験談として掲載いただきましたが、私自身、前会長の山下さんから薫化会会長のお役を受けてくれないかと数年間、打診されておりました。
こういった場合、おそらく多くの方が同じ感覚をお持ちかと思いますが、お寺のお役は直接、金銭的な見返りがあるものではございません。すなわち私達が通常生きております「会社」「仕事」という社会における、労働の対価としての金銭の授受(給料・利益)がございません。あくまでもボランティアに近い感覚になります。
さらには、そこにご有志という行為も発生いたしますので、一般社会とは違う「何か」を感じてみる必要がございます。そう言った意味で、山下さんから打診を受けていた頃の私自身、恥ずかしながら次の様に考えておりました。
へたにお役を受けてしまうと自分の生活に支障がある。こんなに忙しいのにお役なんてできるわけがない。一旦受けてしまえば次々と何かやらされるだろう。お役を受けずにひっそりとお参りできる時にしたらそれで十分、等と思っていたと記憶しております。
もちろん、お手伝いが嫌な訳ではありません。できる範囲で何かのお手伝いをしなければ、とは思ってはいたのですが、自身の生活が優先され、積極的なご奉公ができない自分がいたのです。
 
とにかく信じて朝参詣に励む
しかしながら、2週間に1度程度の朝参詣をするうちに、おそらくは当時、偶然の重なりによるものだとは思うのですが、それまで自分自身が悩み苦しんでいた事、すなわち私の場合「働けど働けど我が身、楽になれず(心を含む)」の状態から脱却できるのでは、という糸口を感じました。
言い方は良くないかもしれませんが、私が理想としている人生は「究極の自由人」です。もちろんこれには経済的な自由もあるでしょうし、時間の自由も入っていますが、そこには必ず「自分を律する何か」が必要ではあります。
しかし、それは教えからいただくもので十分ではないか? すなわち自由を手に入れるためにはご信心しかない。そこが原点となった様です。当時、御法門に耳を傾けてみますと、御題目には全ての教えが詰め込まれている。難しい事は考えないで、御題目口唱をしていたらいいんだよ。と教えられておりました。
しかし、それをそのままどう捉えるか。ここが難しいところですが、お釈迦様の時代からは数千年、日蓮聖人からは数百年、開導聖人からも百年以上、脈々と教えが受け継がれてきたわけですから、とりあえず軽い気持ちで信じてみよう、嘘か誠か、考える前に、まずは信用してみよう。そう思う様になってきました。信じる気持ち、すなわち「信心」の原点だと思います。
さて、こう考えてご奉公を始める訳ですが、特に私が主で行ってきたネットを始めとする今までにないご奉公のスタイルとなりますと、目に見えない、耳に聞こえない抵抗感を感じる訳です。おそらくそれは自分自身の気持ちだと思うのですが、孤独な寂しい気持ちが生まれるのも事実です。
そう言った場合、くよくよ考えず、御導師や御講師、先輩ご信者様、そして家内へ苦しい胸の内を素直に話すことにしました。そうする事で本当に気が楽になり、また明日へのご奉公への力が湧いてくるのです。この場がまさに朝参詣でした。
ですので、朝参詣は最も重要な修行の場と言われるのでしょう。朝早く起き、難しい顔をして参詣しても意味はない、参詣すれば少しだけでも誰かとお話をするべきです。
ご奉公に関して、以前妙現寺クラブにも書かせていただいた事がありますが、罪障と消滅の非常に重要な考え方がございます。ご信心・ご奉公に心から頑張ろうとすると必ず何か身に異変が出てきます。これは磨けば垢が出るのと同じで、異変自体は例えば若干の体調不良だとか、仕事上の軽いトラブルだとか、そう大きな問題ではございません。
そこを押してご奉公に進む事で、直ぐに元通りになる様なレベルの話です。この些細な異変ですら、そこを乗り越える事で思いもかけない大きなご褒美となって我が身に返ってくるのですから、ある意味、異変を楽しむ余裕すら出てくるのです。
 
菩薩行の実践に努めると…
さて、日蓮聖人を祖と仰ぐ「日蓮門下連合会」という組織があり、本門佛立宗もここに所属しておりますが、御題目口唱が最も大事とされた教えをかたくなに守り、勤めているのは、本門佛立宗だけとなります。そして法華経本門八品の中に最も大事な「菩薩行」が出てきます。
菩薩行は、しばしば御法門にて私達も聴聞いたしますが、簡単に言いますと「他の人の為に尽くすご奉公」という事かと解釈しています。これは本当の意味のミソであります。他の方の為に尽くすという事は、まず自分の事をやってからご奉公するという意味ではなく「自分の事をさておいて、ご奉公をさせていただく」というのが本来の意味でありますが、これが相当難しい。本当の意味で自分をさておく事は至難の業です。
この事は最初から分かっていたつもりだったのですが、本当に菩薩行で自分が救われるのか?
当初、疑問でしかありませんでした。しかし信じる心を持つと決めた訳ですから、あくまでも皆様にご披露できる様になるのか、自分自身が実験台になるつもりで、この数年間、菩薩行に励んでみる事に致しました。
私は会社経営をしており、時には海外にも出向いております。そんな中、本当の菩薩行となりますと全てを捨てるのではなく、
1.会社・仕事をご奉公優先にできる様に仕組みを変える
2.趣味や旅行も好きな様にするが、あくまでもお寺行事が優先
3.行事のある日は最初にお寺に行き、最後に帰る様にする
また2年前に水害にあった際にも、
4.お寺の行事や近所の事を優先。自宅の再建は後回し
等という極端な事を行いました。
その結果、おそらく私自身のストレスはほぼ消滅、資産は倍増、ただ待ったのは時間だけ。しかし、後から考えると時間も何の問題も無く、待ったからこそ良くも悪くも想定外の事態が見えた、という結果に落ち着いたのでした。いわゆるご利益という事なのでしょうか。ただ流れに身を任せただけなのですが・・・。
皆様それぞれの生活・考え方がおありだと思いますので、強く菩薩行をお勧めするにはやや抵抗感はございます。ただし実際にこの様に自分をさておいて菩薩行をし、流れに身を任せ、迷った時には御導師や御講師、先輩ご信者様よりご指導をいただく事で方向修正をしますと「とてつもない日常・人生」が巡ってくるようです。
これは1つの実話としてお聞きいただければとは思いますが、皆様にもできる範囲で菩薩行をされる事をお勧めしたいと思います。
 最後に1つご紹介致します。ご自身や子供達を経済的に豊かにされたいとお思いの方がおられましたら、是非ロバートキヨサキ著「金持ち父さん貧乏父さん」を1度読んでみてください。お金にまつわる考え方が一変するかと思いますが、本当に大事なのはそこではありません。
この手の書物には、最後に必ず次の様な事が書かれています。要約ですが「お金儲けの最終目標は社会貢献・寄付(ご有志)の精神である」「経済的に成功した方は必ず熱心に宗教活動をする(ご信心をする)」。これは普段、私達がご信心からいただく教えと全く同じようです。
薫化会長としては短い間でしたが、皆様、本当にありがとうございました。これからも私自身もご奉公はさせていただきますが、皆様も妙現寺、薫化会の発展の為に、お力添え、お参詣をいただきたく存じます。ありがとうございました。