ご利益体験談

昨年度10戸の教化を成就  ピンチはチャンスと声をかけ…コロナは当り前を有難いに変えてくれた  第2支庁安国寺 橋山政子

ありがとうございます。
この度、私の教化体験談を発表させていただくに当たり、お聞き苦しい所も多々あると思いますが、私の生き様をそのままにお話させていただきたいと思います。
私は常々言っている事ですが、御宝前が大好きです。どうしたらお願いを聞いていただけるかと思った事は、ほとんどありません。どうしたら喜んでいただけるかを、まず考えます。
私の性格は敷かれたレールの上を歩くのは嫌いです。綱渡り的な生き方が面白いのです。でも、そう思えるのは下で網を広げてついて来てくれる息子夫婦がいるからです。網はもちろん御宝前です。ご利益をいただいた数から言えば、恐らく私以上の方はいないでしょう。 
私はいつも、自分のいただいたご利益の数からしたら教化誓願は少なすぎると思っています。でも一昨年は2人しかできませんでした。しかし、それで悔しい事も申し訳ないという気持ちも全くなくなってしまいました。10人教化(平成26年に12戸、27年に10戸成就)は私の中で、すべて過去の事となってしまいました。
そんな私に火をつけてくださったのは本山参詣で大津のお寺(佛立寺)にもお参りの際、知らないご婦人が声をかけてくださり「その節は、ありがとうございました。彦根のお寺(長栄寺)へ来てくださった時、私はあのお寺の信者ではないのですが、一人でも多く来てくださいとの事で、主人を連れていきました。主人は信仰心があまりなく、お寺参詣はしません。でも、どうにか人数にという事で橋山さんのお話を聞きに行って、感想は言いませんが、でもそれからお寺参詣するようになりました。お礼を言いたかったので、お会いできてうれしいです」と話してくださったことです。
その時、私は人にいろいろと言ってまわっているけれど、自分はまったく向上していない事に気づきました。そして自分の影響が、どれだけ他の人を左右しているかも分かりました。それから、いつしか10戸が頭に入りました。
昨年1月の事でした。私はその時、婦人会の分会長をしていました。婦人会の担当御講師が、会員獲得(まだ婦人会に入っていないご信者を婦人会御講や行事に参詣していただく)の条件として信者さん以外でも声かけて構わないと規程を変えてくれました。
私にとって、これが大きな教化の手がかりとなりました。会員獲得、教化のため、片っ端から声をかけました。楽しかったです。色んな手がかりができました。10人のいきさつを話すと時間がかかります。その中で特にどなたでも分かる教化の話をしたいと思います。
 私はURの団地に住んでいます。その団地は神社の敷地にあり、十日戎の特は、いつも「商売繁盛で笹持って来い」の唄が流れます。晩まで流れて耳につきます。
そんな十日戎のある日、エレベーターに乗ると50代の女性が私に「これでお会いするの2回目ですね」と声をかけて来られました。私は「そうですか」と言って降りようとすると「私は8階なんです」と言われました。「今日はやかましいですね」と、私にとっては十日戎の唄は謗法となるので、そう言うと「いや賑やかで嬉しいです。私は隣にストーカーまがいの人がいるので、警察まで相談に行ったのですが、何も事件がないので取りあってくれません。特に夜はこわいです。だから賑やかなのは嬉しいです」と話されます。
別れ際、私は「一度あなたの所へ行きます。部屋は?」と聞くと、すんなり号数を教えてくれて「いつですか? いつ来てくれるのですか?」と喜ばれました。
 私は当時、病院の清掃の仕事をしていました。入院患者さんの中に「退院するから一度来てほしい」と言われている方があり、場所を聞くと、なんと同じ団地の8階の人でした。
担当御講師の副住職はよく「橋山さん、何かありますか」と聞いてくださいます。私は2人の話をし「同じ団地なので一度行ってきます」とお話し「今から行きますわ」と2人の所へ行きました。約束もしていません。居るかどうかも分りません。が、副住職の「頑張ってください」のエールで夕看経終りに駆けつけました。2人ともすんなり話を受け入れてくれました。
 先に行ったのは鎌苅さんという方の家で、私はどう話を切り出そうかと思っていると、彼女は一方的に隣の住人の苦情を延々と話しました。見るとお母さんが寝たきりでベッドに横たわっていました。
私は話を聞くだけ聞いて、仏壇を見ました。お骨がありました。掛け軸は南無阿弥陀仏ですが、中の飾りは一切ありません。私は鎌苅さんに「月詣りしてもらっているんですか」と尋ねると「いえ、放ってあるから一心寺でも納めようかと思っています」と答えました。 
その時、初めてご信心の話をして「この掛け軸をはずして南無妙法蓮華経に変えたらいい」と、いとも簡単に言いました。「七道の安国寺の信心は凄いよ」と話したら、彼女は迷わず「わかりました。これをはずして変えます。私は別に興味がないから」とすんなり承諾してくれました。
「宗教を変わるって大変な事やけどいいの?」と逆に私が聞きました。お母さんは一言も言いません。でも帰り際に私を呼んで「お名前は? 橋山さん、よろしく」と涙ぐんでおられました。
 次は2人目の退院患者さんの家です。ここは早かったです。すんなり入信をされました。私が常々ご利益談を話していたので聞いておられたからです。いきなり2戸成就できました。
 そういう感じで婦人会員獲得、教化が次々と成就できました。鎌苅さんはいろいろあって、今現在、たくさん戸数のある団地の中で、偶然にも私の隣に引っ越して来ました。お母さんは亡くなられましたが、今、彼女は明るく私にメールでご信心のありがたさ、そして私をいつも励ましてくれ、頼りになる教化子さんになりました。
何年か前に教化した藤田さんも、本当に信をつかんで私の手本となってくれています。「教化の功徳は己に帰す」で、私自身、どれだけいろんなお計らいをいただいたか分かりません。
そうこうしているうちに前代未聞の事が世界に起こりました。新型コロナというマスクを外すと生きていけないような、まるで考えられない事態が起こりました。お寺も自粛で閉まっているような事態になりました。
私は7ヵ所の病院の患者さん30人の受け持ちで清掃しています。皆、年をとられた患者さんが多く、全員、家族とも会えない、面会は3メートル離れて5分だけという寂しい生活を余儀なくされました。口々に「コロナ、恐い」と患者さん達は言っていました。その時、大阪知事が一人、一所懸命、頑張っておられるニュースが毎日ありました。
私はふと、もしこの時代にお祖師さまがおられたら、果たして放っておかれたかなと思いました。こんな信心をしていない人(大阪府知事)が、真剣に身の危険もかえり見ず人のために頑張っている。信者の私は、自分も何かできる事はないかと思いました。
常々この御法は有り難いと声かけています。でも今、声をかけなければコロナが収まってから話しても、その時、教えてくれたらと言われる。今がチャンスだ、と思いました。
小田のかわずは一鳴きから、常々、聴聞の御法門(御教歌 苗代の小田のかはずの諸こゑも 只一声ぞはじめ也ける)が私の頭に浮かびました。真似は誰でもできる。真似ではなく、はじめの一鳴きに自分がなろうと思いました。
ピンチはチャンス、私の生き様は皆、ピンチから始まっています。ガンにもなりました。でもそのピンチが後に、大きな大きなご利益と変わりました。いろんな経験をして、私は人の何百倍ものご利益を得ています。自分が人のために役立つ、こんな有難い事はないと思いました。見る人全部に声かけました。
特に患者さんは、心が弱っています。寂しいし恐いのです。私はずっと「コロナを敵に回したらあかんで。世の中、敵に回して得するものは何もない。まず、コロナを恐がらん事や。人の悪口も言うたらあかんで」と受け持ちの患者さんに毎日、声をかけました。そのうち私の患者さんは誰一人暗い人がいなくなりました。逆に私が入って行くと「何か有難い話、聞かせて」とご利益談をせがまれました。
 ある時、患者さんの一人がリハビリの先生に私を指さして「あの方、ただのお掃除の方と違うんですよ。私らには家族がいません。あの方が私らにとって一番の家族です。元気をくれます。どれだけ有難いか」と言ってくれました。
私はその言葉に生きている事の有難みをつくづく感じました。自分で言うのも何ですが、私は何一つ人に自慢できるような生き方を、今までして来ていません。むしろ、次から次へといろんなことを起こしています。
世間では、親が子の不始末を世話して回りますが、私は逆です。親の不始末を子が世話して回ります。それも夫婦で!でも当人は笑っています。
そんな自分が世の中の人のためになれる。これは私にとって大きな喜びになりました。今回、ご信心の話をしても誰一人「信仰なんか」という人はいません。むしろ心から「よう教えてくれた。有難う」と言われました。
いろいろありましたが、病院はコロナ患者が増え、患者数自体は減り、掃除の仕事も減りました。従業員も減らされ、私も勤務時間が短くなり、配置換えで工場の清掃という私にとってはまさかという、初めての職場換えでした。70歳を越えて電車通勤、まして仕事もまったく分からない、いわば殺生な話です。
けれど私は話を聞いた時、ずっと心配を引きずる病院のコロナ環境より、まったく関係のない所での一からの出発は、かえって良かったと思います。
私はよく、この御法様は「妙」だと人に言います。まさしく今現在の私の心の喜びはどう考えても「妙」です。まず信心がなければ落ち込んでいたと思いますし、誰が考えても70歳を越えて転職して、また働くという話にならないと思います。
確かに足がパンパンになる程の日もあります。もう仕事は駄目だと思う日もあります。けれど不思議と、生きている事が楽しいです。働く事に喜びを感じます。コロナは当り前を、有難いに変えてくれました。
私は自分の大きな利点は、物事に動じないという事、逆境に本当に強いという事だと思っています。第2、第3の人生に向かって私は今、頑張っています。自分を支えてくださる方がたくさんいます。だから頑張れます。
今まで寺内の方々によって、たくさんのお助行をいただき、今日も生き返って頑張れます。どんな境地に追いやられても、私には、これが必ずご利益に変わります。十何年、日曜も休まず、朝早くからずっと仕事をしてきました。今は体も休めることができます。お計らいだと思います。
心に喜びを持って信行を楽しむ。これが私のモットーです。つたない話になりましたが、年をとっても、それなりに人生は開けると皆様方、どなたか一人でも受け止めていただけたら幸せと思い、ペンを取りました。
 ありがとうございます。